ふわふわスプリング


 力一杯アスランを駆っても、頬に当たる風が柔らかい。
 すっかり春なんだと嬉しくなる。
 ぐんぐん近づいてくる丘は青臭い匂いでいっぱいだ。
 あたしは、さっさと地面に飛び降りると、後からやってくるカイルを振り返る。
 アスランには、好きにしてていいよ、と軽く首を叩く。
 あたしがわくわくしているのと同じくらいにアスランだってわくわくしているんだろう。
 さっそく離れたところに駆けて行くと、柔らかな下草の中に顔を突っ込んでいる。
「アスランの脚にはかなわないな」
 笑いながらカイルが馬から降りた。
 手綱を馬の背に投げると、大股に近づいてくる。
 カイルの腕がまわされるのを待たずに、ひときわ花が咲き乱れている場所に腰を下ろす。
 つんつんと頭をもたげてツメクサが咲いている。
 出来るだけ長く茎を残すように摘み取りながら、こみ上げてくる笑いが隠せない。
「イル・バーニ、怒ってたよね?」
 カイルが首筋に唇を押し当ててくる。
「私と二人きりの時に他の男の話題を出すのは感心しないな」
「イルでも?」
「もちろんだ」
 カイルの腕がすっぽりとあたしの身体を包んだ。
 目の前で長い指が器用に花輪を編み始める。
 こんなことをする皇帝陛下なんて、きっと他にはいない。
 あたしはカイルのスピードに負けないように指を動かす。
 だいたい、作り方を教えたのはあたしの方なのに。

 無言で花を摘んでいたあたしの首に、あっというまにフワリと白い花飾りがかかる。
「できた」
 得意そうにカイルが言った。
「カイル用のは長く編まないとだめだから・・」
 悔しくなって、つい言い訳したりして。
「そうだな、お前のは丁寧だ」
 カイルはにこにこしながら、次の花輪に取りかかっている。
 太い目に花束を取ったのは、冠のつもりだろうか?
 手の届く範囲の花を摘み取ってしまって、あたしはカイルの腕から抜け出そうとする。
 腰のあたりにまわされたカイルの腕に力がこもる。
「もう、離してよ」
 身体をよじると、唇をかすめる。腕がゆるんだ隙に、するりと抜け出す。
「ユーリ!」
 笑いながら、別のひと群に飛び込む。
「カイルもおいでよ、こっちの方がいっぱい咲いてるよ」
 でも、カイルはぷいと顔を背けると離れた方へ行ってしまう。
 なんだ、怒ってるの?子どもっぽいんだから。
 あたしは動きやすくなった腕で、カイルのための花輪を編むことに専念する。

 小さな蝶が、ひらひらと舞っている。
 暖かな光があたりに降り注いで、春のまっただ中にいるんだと分かる。
 小さな花が次々に編まれて、甘い匂いの花飾りが出来る。
 ばさり。
 頭の上に花冠が載せられた。
 ほらね、やっぱりやって来た。
「私の皇妃に」
 カイルが真面目な顔で言うと、隣りに座り込んだ。
 吹き出したくなるのを必死でこらえる。
「私のはまだか?」
 あたしは澄ました顔で、出来上がったばかりの首飾りを持ち上げる。
「できましたわ、陛下」
 神妙にしているカイルの首にそっとそれをかける。
 カイルが花綱のさきを指先でいじるのを見ながら、満面の笑顔を浮かべる。
「頂いたもののお礼をしなくては」
 伸び上がり、首筋に抱きつくと、こんどこそしっかり唇を重ねる。
 カイルの肩は、日の光で暖かい。
「私からも礼を・・・」
 息を継ぐわずかの間にカイルが囁く。
 とたんに世界がくるりと回って、背中にふかふかのツメクサを感じた。
 春の香りに押し包まれる。
 カイルの肩越しの風景を見ながら、あたしは目を細めた。
「子ども達、あたしたちだけで抜け出したのばれたら大騒ぎだね・・・」
「私と二人きりの時に他の者の話題を出すのは感心しないな」
「子どもたちでも?」
 頬を撫でながら、カイルが笑った。
「当然だ、私のことだけ考えるんだ」
 カイルの瞳は春の色をしている、と目を離せないまま考える。

「カイルは、なにを考えているの?」
 答えは分かっているから、あたしはまぶたを閉じる。
 指が前髪を梳き上げるのと同時に、柔らかい声がふわりと吹きつける。

「おまえのことだけ考えているよ」


                おわり

      

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