蜜月
カイルと一緒に馬に乗って、野営地まで引き上げたとき、おもわずひるんでしまった。 円形の陣のちょうど中央に、皇帝旗を立てたひときわ大きな天幕が見えた。
今夜は、あそこで休むことになる。それは分かっている。
あたしのためらいを知らずか、カイルはさっさとあたしを抱き上げ、陣の中に入って行く。進むごとに、兵士がひざまずくのが見える。あたしはカイルに抱き上げられている。
いくら、ハネムーンでも、これは・・・
衆目の中で寝所にむかっていることにならない?
思っている間に、ずんずん天幕に近づいてしまった。
「さ、食事だ」
とっくに用意された場所におろされる。
そうか、食事があった。
ハディ達が給仕を始める。イル・バーニや三隊長達が、カイルとのんきにハレブ名物の話なんかしている。
あたしは、ちらちら天幕を盗み見た。
別に、珍しいものじゃない。いままでだって遠征に同行したときは、そこで休んだし、あたし自身の使っていたものよりも豪華だけど、基本形は同じだ。
つまり、支柱に布がかかっていて、地面に敷物がのべられている。
さらに、外には、警護の兵士が立つ。カイルの天幕は大きいので、5人は立っているだろう。
つまり、厚手とは言え、布一枚の外には人がいるのだ、寝ずの番で。
まさか、カイルこの中では・・・。
だけど、確かマラティアに向かう途中で・・・あったよね?未遂だったけど。
心を千々に乱れさせているあたしを無視して、男どもは旺盛な食欲で夕食を平らげ、
案の定カイルはあたしを抱き上げた。
「おやすみなさいませ」
イル・バーニが頭を下げると、三隊長もひざまずく。
まさかと思うけど、そのまさか。
カイルは兵士に合図して、天幕を開けさせると、踏み込む。みんなの視線が突き刺さるような気がした。おやすみなさいも言えない。
遠征中にもかかわらず、中には香が焚かれ、中央には寝床が用意されている。準備万端だ。
「カ、カイル!!」
あせって降りようとしたけれど、知らない間に、寝床に下ろされ、カイルが覆い被さってきていた。
「待ってよ」
服をたくし上げ始めていたカイルを押し戻す。
「ん?背中が痛いか?」
言うとカイルは、クッションをあたしの下に押し込んだ。また、被さる。
「違うの、そ、外に人がいるのよ!!」
「それが、どうした?」
あたしの恥ずかしさを分かってよ。
「き、聞こえるってば」
カイルはぴたりと手を止めた。そのまま考え込んでいる。
分かってくれた・・・とは思えない。
案の定、カイルは一枚の布を引っぱり出した。あろうことか、あたしの口に押し込む。
「これを、噛んでいろ。そうすれば聞こえない」
言うと、再開する。噛んでいろって、なに言ってるのよ。
「んぐっ・・・」
でも、噛んでしまった。思わず声が漏れそうになって。
とにかく、首を振って拒絶の意思表示をする。
「大丈夫だよ、私が優しいのは、知っているだろう?」
カイルは楽しそうにささやく。いたずら者の顔で。
確かに、カイルは優しい。でも、同じくらい意地悪でもあることを、ここ数日でたっぷり学ばされた。
だから、今夜はいつもよりはるかに執拗に愛される予感がした。あたしが我慢できなくなるまで。
「・・う・・うん・・」
ほら、やっぱり意地悪だ。指が身体をなぞってゆく。
「おまえは、とてもかわいいよ」
胸に口づけながらカイルが言う。喋らないでよ、外に聞こえるってば。
カイルは心底楽しそうに、あたしの身体をさまよい始める。
それから、あたしは我慢に我慢を重ねた。叫びそうになる度に、布をきつく噛みしめた。
でも、カイルの指があたしを探りながら、いちばん弱いところを責め始めたときに、ついに限界が来てしまった。
「あっ、ああーっ!!」
開かれた口から、布がこぼれるのが分かった。でも、もう止まらない。
自分のモノじゃないみたいに、あたしの口は言葉にならない言葉をつむぎだした。
無我夢中でしがみつきながら、丈夫な壁を隔てても聞こえるんじゃないかというくらいに大きな声でカイルの名を叫んでしまった。
後悔なんて、しているヒマもない。
激しく呼吸を繰り返すあたしの唇をなぞりながら、カイルが嬉しそうに言うのが、聞こえた。
「やっぱり、布は良くないな。キスしたいときに、できない。だからこうしよう」
次に漏れかけた声は、カイルの口でふさがれた。
おわり
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