代品

                        by千代子さん

 死神博士は悩んでいた。
 その原因はただ一つ、クローンウルヒを製造して以来、すっかり博士のもとに寄生してしまったナキアのためである。
 朝、博士が仕事始めの一服をしようと奥の部屋の扉を開けると、人影がなにやら室内を物色しており、
「なに奴!」
と、そばにあったアルミの灰皿をスナップをきかせて投げると、その人影ははしっと受け取って、
「そんな投げで甲子園に行けると思っているのかぁ〜!!!」
と、逆に投げ返してくる。
 博士は手を伸ばして部屋の明かりをつけると、そこには黒ずくめの服装のナキアがポーズを決めているのだった。
「ナキア妃よ…なんの御用じゃ……」
 半分泣き出しそうな声で、博士は肩をがくりとおとした。
「決まっておろう! さっさとウルヒを改造するのだ!! 何日待たせれば気がすむのじゃ!?」
「改造とは…たんに足りないところをつけるだけであろう…」
 もう何回この台詞をやりとりしたことか、ナキアはウルヒに記憶≠つけてから、さらに足りないところをつけるように言い出した。
 そのためにはタイムマシンを使って、全てにおいて欠けたることのないウルヒの髪をとってくればよかったのだが、タイムマシンの開発には莫大な時間を要することが判りあえなく断念したのだった。
「そこまで健全なウルヒが欲しければ、そなたの魔力を持って呼び寄せればよいではないか」
 博士がそう言うとナキアは、
「それではこのウルヒはどうするのだ? ここまでしておいて捨てるのは惜しいぞ」
とかわいいところを見せる。
 手塩にかけたウルヒを見捨てて別のウルヒと幸せになるのは、さすがにナキアも人の子、気がひけるのだろうか。
「だから…取り付けのための器具をいま開発中だと申したろう。もうすこしお待ちになれぬのか」
「待てぬ!! さっさとつけるのじゃ! 十四のときから今日まで何年待ったことか…
その間にカイルは次々と子供を作りよった。が、しかぁし!! 次の皇帝はこのわたしが産むのじゃあ!!」
「それは無理だと思いますわ、姫さま」
 高笑いのナキアの背後から、侍女ヒネモスがぼそりとつぶやきながら顔を覗かせた。
「おまえっっ! どこから来たのだ!?」
「わたくしは常に姫さまのおそばにおりますとも。まぁ姫さま、靴下は履いておられませんの? 女の冷えは足元から来ますのに…」
 言うとヒネモスは風呂敷包みの中から靴下を取り出してナキアに差し出した。
「これもおまえが作ったのか?」
「いいえ。通販です」
 ナキアの両足に靴下をはめてから、ヒネモスは繰り返した。
「それは無理ですわ、姫さま」
「無理じゃと?」
「ええ、皇帝陛下のお子はお健やかに成長なされておいででございます。ご生母はいまをときめくイシュタルさま。天地が引っくり返らない限り、皇統は安泰ですもの」
 それに、とヒネモスは続けた。
「姫さまが無事男のお子をお産みあそばしたとしても、そのお子さまは王家のお血筋でないのですから」
「ならば我がバビロニアを継がせるまでじゃ」
「それも無理ですわ。バビロニアもいまは安定でございます。とてもとても姫さまが入り込む余地はございません」
「ではウルヒの故郷である北の王国を再興するのはどうだ?」
「北の王国はすでに北の王の世襲でございます。これも無理でございましょう」
「ええい、いまいましい!!」
 ナキアはたまりかねて目の前の文机を叩き割った。
「どれもこれも無理だと申すなら知れたことよ!! ナッキー王国を作ればよいこと!
 さすれば生まれてくる子は生まれながらの王じゃ!!」
 真っ二つに折れた机の残骸を踏み越えて、ナキアは博士に歩み寄った。
「だからこそ急ぐのじゃ。どれもこれも、ウルヒが完全なウルヒになってもらわなくては出来ぬことなのじゃからな」
 まぁ、スーパーサイヤジンみたいですわね!、とヒネモスは拍手した。
「早くつけるのだ!! なんとしてでも今日中に!!」
 横暴ともいえるナキアの剣幕の前に、博士は甚だ不本意ながらもウルヒに開発中のものを取り付けることを決めた。


 夕方、博士は研究室から出てきた。
 ナキアは待ちくたびれて居眠りをこいてしまったが、ヒネモスに肩を揺さぶられて目を覚ました。
「手術は成功じゃよ」
 博士は言った。
「おお、そうか!! ご苦労であった。早速ウルヒはわたしが引き取ろう」
 ナキアはウルヒを自分の宮に引き取る心積もりでいた。
「姫さま、準備は万事整っておりまする」
 目の前の光景に感動して、ヒネモスは感極まって泣きながら、博士の家の玄関に止めておいた馬車を指した。
「さぁ、姫さま、姫さまのシンデレラストーリーはこれからですわ!!」

 ヒネモスが用意した馬車は、ウルヒを乗せてナキアの宮へついた。
「さぁ、ウルヒさまはこちらでお待ちくださいませ。姫さまにはお支度を…」
「仕度などよいではないか」
「いいえ、姫さまとウルヒさまの初めての夜でございますもの。念入りにお支度せねば」
 ヒネモスは万事整えて今日の日を迎えてもらいたかった。
 いままで逆境に耐えてきたナキアである。
 愛し合いながらも愛し合うことの許されなかった二人が、やっと結ばれるとなれば、ヒネモスも自然と力が入ってしまう。
 湯殿へナキアを入れ、香湯を塗り、髪を整えると、さすがにナキアの美しさも引き立って見えた。
「さあ姫さま、ウルヒさまがお待ちでございますよ。胸を張って、堂々と行かれなさいませ」
 心持ち、胸を張って、のところを強調してみる。
 多少垂れ気味になったナキア自慢の胸だが、まだ恋をするにはたぶん充分だろう。
 ナキアは、ウルヒの待つ部屋へと向かった。

 どれほどたった頃だろうか、ヒネモスはこっそりと部屋の扉を開けて中をうかがった。
 覗き見などという趣味はないけれど、さすがに気になる。
「首尾はうまくいったかしら…」
 部屋からはなんの音も聞こえてこない。
 もう寝てしまったのだろうか、ヒネモスが引き返そうとしたそのとき、
「なんというザマじゃ、ウルヒよ!!」
 ナキアの恐ろしいまでに凶悪な声が聞こえてきた。
「これでダメになったのでは、ちっとも面白くないではないか」
 ナキアさまったら、やっぱりたまっていらしたのだわ、とヒネモスは思った。
「まったく役立たずだのう」
 ウルヒさまもおかわいそうに…姫さまは「欲」にかけては天下一のお方ですからね…
 ヒネモスは胸の前で手を合わせた。
「こんなモノ!!」
 ナキアが何かを投げつけた。それは鈍い音を立てて床に転がり、ヒネモスの覗き見する扉のところまで来て止まった。
 なにかしら、とそっと手を伸ばして取り上げてみると、それはウルヒにつけたばかりのはずのものだった。
 どうして、どうして取れてしまったのかしら!?
 ヒネモスは頭が混乱して何も考えられなくなってしまった。
 ナキアはベッドの上でなにごとか文句を言っていたが、それもヒネモスには聞こえなかった。
 がしかし、はっとして研究所を出るときに博士から言われていたことを思い出した。
「激しいことはしてはならぬ。接着剤が取れてしまうからのう…」
 ヒネモスは、ハンカチで目頭を抑えた。
「ウルヒさま…『お床入り』は叶いましても『男入り』はできなかったのでございますね……」


                    (おわり)

     

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