桜前線異常なし


「色づいたな」
 不意に話しかけられて、ユーリはうっすらと目を開いた。
 白い天蓋に影が揺れている。
 両脇に肘を突いて覆いかぶさったカイルは、はだけた胸元を手のひらでゆっくりと撫でていた。
「なにが・・?」
 そうとは意識せずに、呼吸が乱れている。
 いつもと同じ、夜の始まりだった。
 薄物の夜着は腰ひもだけでかろうじて裸体にまとわりついている。
 カイルの大きな手のひらは、滑らかな肌を慈しみながらさまよう。
「もう、春だからな」
 もういちど不可解な言葉を吐くと、カイルは身体を伸ばして、ユーリの頬に口づける。
「分かんないよ・・・なにが春なの?」
 口調にかすかにからかいが混じったのを、耳ざとく聞きつける。
 肩にまわしていた両腕で軽く突っ張ると、すぐそばの琥珀色の瞳を見上げた。
「おまえが・・色づいた」
 カイルが柔らかく囁きながら、なだらかな丸みの上で立ち上がりかけたその場所を指の腹で擦った。
「・・・あっ・・」
 思わず漏れた言葉に、赤面して唇を噛む。
 見下ろす瞳は、間違いなくからかいを含んでいる。
 ユーリは軽くにらむと、そろそろと顔を持ち上げて、カイルの示す場所に視線を移した。
 白く柔らかなふくらみの上で、薄紅に色づいた蕾がほころんでいた。
 ユーリの視線を意識するように、長い指がそれを弄ぶ。
「これは、もっと濃い色をしていなかったか?」
「・・・だって・・・」
 反応を観察されているのだとは知りながらも、耳たぶまで染まるのが押さえられない。
「やっとデイル、離れたから・・・」
 子を宿してから生じた変化は、授乳期も続いていた。
 冬の蕾のように頑なな色だったそれが本来の淡さを取り戻し始めたのは最近のことだ。
「そうだな」
 カイルが笑いを含んだまま、もう一度頬に口づけた。
「お前を初めて愛した夜と同じ色だ」
「濃いの・・イヤだった?」
 突然不安になる。
 子を成してから身体に似合わず張った胸やゆるんだ線はやはりカイルの前に曝すのは恥ずかしかった。
 それでも変わらず求めてくれるカイルにようやく安堵していたのだ。
「やっぱり、子どもが出来るとだめ?」
 カイルが不安を溶かすように笑う。
「私がイヤだったのは、お前を自分の息子とはいえ、他の誰かと共有しなければならなかったことだよ」
 唇を頬から首筋へ、首筋から胸元へ滑らせながらカイルが囁いた。
「けれど、もうこれは私のものなのだな?」
 春の色の蕾に口づけると、口中に含んだ。
「やっと取り戻せた」
 ユーリは艶を含んだため息をついた。
 そのまま亜麻色の頭をかき抱く。
「へんだよカイル。あたしはずっとカイルのものなのに」
「そうだな」
 甘い刺激に、うっとりとまぶたを閉じる。
 まぶたの裏に広がる闇が、桜色に染められているようだった。
「ほころんだのは春のせいじゃないよ・・・」
 ふわりふわりと、肌の上に花びらが散るように触れられる。
 春の暖かい風になぶられているような気分だった。
 不意にもっと性急な刺激が欲しくなりユーリは瞳を開いた。
 天蓋に揺れるカイルの影を見上げる。
「カイル、知ってる?春にも嵐が来るんだよ?」
 髪に指をすべり込ませながら囁く。
 すぐに意思を読みとって、カイルが伸び上がり耳朶に歯をたてた。
「・・・散らせて欲しいか?」
 一瞬の脅えが腰の奥に走った。けれどそれ以上の甘い期待が胸を満たした。
 答えの変わりに、カイルのあごを捉えると唇を重ねた。
 深く求めると、抱き寄せられる。
「今日は大胆だな」
 息継ぎの隙間で、カイルが言う。
「春だから・・・染まりたいの」
 指の先まで淡く、桜色に。

 肌の上には花びらが散り始めている。

                              おわり

     
 

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