どんどんさんチャットでの「15人目はだれだ?」クイズで正解!のリクエストは「ユーリに『ばかもの!』と言ってから『会いたかった』になるまでのカイルの心境。ちょっとずつ頭も冷えたでしょうね。
Intermezzo
隙間が気になった。
ユーリは揺れる戦車が苦手で、いつも私にしがみつくようにしていたはずだ。
肩に腕をまわし、少々乱暴に抱き寄せる。
甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
いつもとは違う大胆に胸元の開いたドレス。
娼婦に変装して敵地に忍び込んだのだ。分かってはいても、装いを凝らしたユーリがあの男の腕の中にいたことにイライラさせられる。
ようやく私の腕の中に戻ったユーリは、ひどく緊張しているようだ。
捕らえられて一晩、なにかあったのかと疑っても仕方ないだろう。
私は埃っぽい帰路を睨み付けながら、纏う香りに他の男の匂いが混じっていないか確かめている。
ユーリの視線が不安そうに私の横顔に投げられる。
いつものように微笑み返すことも出来ないまま、表情が硬くなる。
『ラムセスはあたしを殺さない』
ユーリとても認めていた。
疾走する戦車からユーリを受け止めるためにためらい無く飛び降りたときに、同時に身を投げだしたあの男の目が語っていた。
私たちは同じように一人の女を愛している。
出会った時間が前後するだけで、互いの立場にそう違いはないのだ。
けれど、決定的に違うこと。
ラムセスはユーリを武人としては見ていない。一人の女として見ているだけなのだ。
そうして私は身を固くしているこの他の女性よりも小柄な身体に、耐えきれないほどの重責を押しつけようとしている。
あの男なら、なに不自由なく与えられるはずの安穏とした生活とは逆に。
あの男の腕の中でひらひらとドレスの裾を翻していた姿は、ユーリが略奪される立場の姫君であることを私に知らせた。
馬を駆り剣を振るい、軍を率いるために生まれたのではないと見せつけた。
だけど私に他にどうしろというのだろう。
行かせたくない、と何度考えたことか。
『これはあたしが自分で決めたんだよ』
あの言葉に甘えたくはなかったのだ。
それでも、私にはユーリにこの道しか与えることは出来ない。
自らが戦地に飛びこみ、命を危険にさらす道しか。
私は自分に腹を立てている。
ユーリを窮地に追いやったのが私自身だと分かっているから。
分かっていながら他の道を与えることが出来ない自分を知っているから。
そんな自分への怒りをユーリにぶつけてしまった。
ウガリット城外に築かれた土塁が見えてくる。
群がるように人垣が見える。
かすかに歓声が聞こえた。
腕の中のユーリが身じろいだ。
「あ・・・」
土塁の上によじ登って旗を振り上げている者がいる。
深紅の染め抜かれた獅子の横顔。
「あたしの・・・軍だ・・・」
小さな声だった。
駆け込んだ戦車に伴走するように、人影が追いすがる。
口々に叫んでいる。
「イシュタル様。ご無事ですか?」
「良かった!」
たちまちの内に後ろに飛び去った影に、ユーリは首をねじ向けながらつぶやく。
「小隊長たち・・・」
兵営の列を抜け、王宮の正門にすべり込んでようやく戦車は速度をゆるめた。
場内から転がるようにマリが駆けだしてくる。
「イシュタル様!」
「マリ殿下」
私の腕から抜け出すようにしてユーリは戦車の縁を掴んだ。
「防衛戦は?」
「はい、イシュタル様の時間稼ぎが功を奏して・・・」
「良かった・・・」
息を吐いたユーリに、三姉妹が駆け寄る。
「ユーリさま!」
ようやくユーリの顔から緊張が消えた。
「ちゃんと戻ってたんだね、ケガはない?」
「ユーリさまこそ」
縋らんばかりにしてユーリを取り囲んだ姉妹は安堵のため息をついた。
「すぐにお召し替えを」
「でも、報告が・・」
私の方を振り向いたユーリから視線を逸らす。
「キックリ、前線を視察する」
「はっ!」
なにか言いたげなユーリの視線を振り切る。
武官の一人が防衛戦のことをユーリに告げているのが聞こえた。
意外にしっかりとした声でユーリが指示を出しているのを耳にする。
私の腕の中で震えていたか弱い少女は片鱗もない。
武人としてのユーリの顔。
私が与えた試練の道を歩こうとするユーリ。
『これはあたしが自分で決めたんだよ』
私は頭を振る。
怒鳴ることはなかったのだ。
武人としてなら命の危険も省みずに敵地に赴くことなど当然なのだ。
むしろ良くやったと、誉めることだったのだ。
けれど、私はそれを望んでいるわけではない。
「陛下」
呼ばれて顔を上げる。
地面に伏す姿があった。
ユーリの軍の小隊長達だ。
「イシュタル様の御命令で・・・」
小隊長の一人の報告は誇らしげだ。ユーリの指示で掘りあげた環壕を示す。
「そうか、良くやった」
緩やかに弧を描く環壕を見渡して私はうなずいた。
『これはあたしが自分で決めたんだよ』
ユーリの声がした。
私のためだけではなく、自分のためだと言い切る強い瞳。
一番不安だったのは、ユーリだったはずだ。
か弱い女の身で敵地に潜入し、捕らえられた。
ただ、再会できたことを喜んで抱きしめてやるべきだったのだ。
軍神として崇められるユーリが安心できる場所は私の腕の中にしかないはずなのだから。
私は後悔のため息を吐いた。
どうして、こうも自制心を失うのだろう。
感情をいつもユーリにぶつけてしまう。
「陛下?」
キックリがいぶかしげに声をかける。
「いや、もう防衛戦はこれでいいだろう・・・部屋に戻る」
部屋に戻って、ユーリを抱きしめよう。
そうして、謝罪しよう。
私のために茨の道を歩んでくれる女神のために。
おわり
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