泣いた赤鬼


「どうじゃ、いいかげん降参するがよい」
 言葉とは裏腹に、ナキアの声は涙混じりだった。
「ぐすっ・・お義母さまこそ、意地を張ってらっしゃるのではなくて?」
 アレキサンドラが鼻をすすり上げながら応酬する。
「みっともないですわ!」
「お前の方こそみっともないわ・・ううっ・・」
 扉に手をかけようとしていたジュダは立ち止まった。
 漏れ聞こえてくる声は、あきらかに二人とも涙声だった。
 とうとう、いがみ合いもここまで来たのだろうか。
 顔を合わせば言い争いの絶えない嫁姑だったが、まさか互いが泣き出すまでに事態が発展していたとは思わなかった。
 気が強いとは言え、双方とも王家の出の女性だった。
 実力行使に出たりはすまい、と考えていたのは甘かったのだ。
 こんなことなら。
 ジュダは唇を噛んだ。
 もっと早くに別居を申し出ていればよかった。
 適度な距離を置いたつきあいをしていれば、それなりにトラブルも回避できたかもしれない。
「まったく・・・ひっく・・強情だねぇ・・」
「お義母さまこそ・・ずずっ・・頑固者ですわ!」
 だめだ、このままにしていては。
 ジュダは決意すると扉を押し開けた。
「母上、アレキサンドラ、私は離宮を建てました!!」
 そこで母上は隠居していただくことに・・
 続けようとしたジュダの前に、高貴な女性たちが振り返った。
「なんじゃ、ジュダ?」
「・・離宮がどうなさいましたの?」
 二人とも、泣きはらした目が真っ赤だった。
 おまけに、鼻水まで垂らしていて、拳を握りしめている。
「・・・いったい・・なにがあったのです?」
 訊ねずにはいられない。
 ナキアも、アレキサンドラにも着衣の乱れが見られないのだ。
 殴り合いの大げんかをしたわけではないのか?
「うむ・・?この田舎者が好き嫌いが多いと聞いたのでな」
「田舎者はよけいです、お義母さま!わたくし好き嫌いなどありませんわ!」
「タマネギが嫌いだと言っていたではないか!私ならタマネギなぞ、生で食べられるぞ」
「別に進んで食べないだけで、わたくしだって、ほら、この通り!」
 言うと、アレキサンドラは握ったタマネギをがぶりと食いちぎった。
「ほほほ、見え透いたことを!本当にタマネギ好きは、こうじゃ!」
 ナキアは大きな口を開けると、手の中に残されたタマネギを口の中に押し込んだ。
「ふがふが・・好き嫌いが多いのは田舎者の証拠じゃ!」
「げふげふ・・だから好き嫌いなどないと言っているではありませんか!」
 生のタマネギにかぶりついた二人の目からは新たな涙が吹き出した。
「・・・」
「・・ずずっ・・で、ジュダ、離宮がどうしたというのじゃ?」
「今日はお仕事では・・じゅるっ・・・ありませんの?」
 ジュダは、涙と鼻水にまみれた母親と妻を交互に見た。
「・・・しばらくの間、ボクは離宮に行こうと思います・・・」
 くるりと背を向ける。
「なんじゃと、ジュダ!?私も連れて行け!」
「殿下、急にどうされましたの!?」
 言葉も聞かず、ジュダは走り出した。
 離宮には一人で行こう。
 どうせあの二人は仲良くやっているんだ。

 突然、孤独を感じたジュダだった。

                    おわり

      

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