本当に迷惑?


「疲れたので、休ませていただきます」
 そう言ってピアはさっさと出て行った。
 あとに残ったユーリは見るからにしゅんと肩を落としている。
「・・・あの子どうしちゃったのかしら?」
「さてね、ゲホゲホ」
 気を引きたくて、わざと咳き込んで見せた。
 お見舞いに来ておきながら、肝心の病人を放っているのは気にくわない。
「カイル、大丈夫!?」
 狙い通りに、ユーリは慌てて私の背中をさすってくれる。
 ああ、なんて柔らかい手のひらなんだ。
「こんなにひどい風邪、いままでひいたことなかったのに」
 言いながら、ユーリの黒い瞳はもう潤み始めている。
「心配ないさ、これくらいすぐに良くなる」
「でも・・・」
 ああ、いまお前の胸は私のことでいっぱいなんだね?
「デイルやマリエもずいぶん長い間寝込んだし・・」
 ・・・いや、子どものことはどうでもいい。
「デイルなんて、まだ病み上がりなのに政務を・・」
「ごほごほごほ!!」
 これでどうだ?
 ユーリが私の腕を握りしめる。
「だめよ、カイル!無理しちゃ!」
「いや、しかしデイルに無理をさせては」
 さも政務に未練があるような事を言ってみたり。
「カイルは自分がよくなることだけ考えて!」
 真剣な顔のユーリをそっと引き寄せる。
 そうだ、私は病人なんだ。心配だろう?心配してくれ。
「そうだな・・・お前にそんな顔をさせたくない」
「そんな顔って?」
 私はしてやったりと、ユーリの細い腰に腕を巻き付けた。
「心配でたまらないって顔だ。お前を心配させるなんて、私は夫失格だな」
 言いながら胸元に顔を埋めれば、ふんわりと花の匂いがした。
「カイル・・・」
 ユーリがつぶやく。私が顔を近づけると、そっと長い睫毛が伏せられた。
 ふっくらとした唇に、口づけようとして・・
「げほっ!ごほっ!!」
 苦しくて口元を押さえる。
「カイル!無理しちゃだめよ!」
 ・・・今のはわざとじゃない。なぜこんな時に咳が出るんだ!?
 私は少しばかり涙を滲ませながら、思い通りにならない我が身を呪う。
 寝室、ユーリ、この満点のシュチュエーションで!!
「カイル、白湯を飲んで!」
 口移しがいい、と言いかけて、ユーリに風邪がうつることを思ってあきらめる。
 ユーリが寝込んだりしたら・・・それこそ付きっきりで看護するが。
 私は杯からどうにか白湯を飲んで落ち着いた。
「はあ・・」
 かたわらのユーリもため息をついている。
「すまないな」
しんみりとした雰囲気は・・どこか年寄り臭くてイヤだ。
「・・あ、カイル、ごはん途中?」
「ああ」
 私はピアに見守られていやいや口に運んでいたスプーンを見つめた。
「もしかして、食欲無い?」
「あんまりな」
「よければあたし、なにか作って・・」
「いや、いい。ここにいてくれ」
 妙にきっぱりと言い切ってしまった。なかなかいい調子だ。
 いつもこの調子で断れたらなあ・・・
「でも・・」
「食べさせてくれないか?」
 そうだこの際、大胆に発言してしまおう。
 日ごろ子ども達がユーリの膝の上で堂々とやっていることをしてもらうのだ。
「え?」
 ユーリは目をぱちくりとさせた。
 黒い瞳がくるりと回転した。
「やだカイル、なに言ってるの?」
 頬がわずかに上気している。
「私の母上は、いつも私が病気の時は食べさせてくれた」
 少しうつむきがちに語ってみる。あくまでもスケベ心からではないと、強調してみるのだ。
「病気になれば気弱になるのかな?そんなことを思いだしてしまった」
 みるみるうちにユーリの瞳が曇る。
 うむ、成功か?
「あたしのママもそうだったよ・・」
 ユーリがぽつんとつぶやいた。
 ・・・・まずい。
「熱があるときは朝までずっとそばにいてくれて」
 しまった!ユーリの記憶を掘り出してしまった!
「お前には私がいる!」
 慌てて付け加える。悲しい思いをさせるつもりじゃなかったんだ。
「朝までそばについているから、なにも心配しなくていい」
 ユーリが伏せていた顔をあげた。心なしか瞳が潤んでいる。
 罪悪感が頭をばしばし殴る。
「うん・・そうだね、カイルにだってあたしがいるよ」
 それから、やわらかに微笑んだ。
 私は己の卑怯さに胸が痛んだ。
「じゃあ、食べさせてあげるね」
 ユーリが椀を取り上げ、スプーンでスープをすくい取った。
 差し出されたスプーンを見て、また胸が熱くなった。
 そうだ、私はユーリを何にも代え難く愛している。
 この顔を悲しみで曇らせるようなことは何があってももうすまい、そう心に誓った。
「はい、あ〜ん!」
「あ〜ん!」
 ああ、なんて至福なんだろう!
 ユーリを悲しませてしまったのは大いに反省すべき点だが、いま私とユーリは『世界は二人のために』状態なのだ!
 私は嬉々として口を開くと・・
「げほっ!ぐほっ!!」
 派手に咳き込んだ。
「カイル、しっかりしてっ!!」
 ユーリが背中に取りすがる。
 咳き込みながら、涙がにじむ。
 
 こんな・・はずじゃ、なかったのに。


             おわり 

     

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