きゃるさん奥座敷にて26000番のキリ番ゲットのリクエストは「まろ日記」の続き。忘れていたわけじゃないんですけどね。

ハレブにて・・・まろ日記


 ヒッタイト帝国、もと第二皇子(いまや皇兄殿下)ロイス・テリピヌ殿下は緊張していた。
 さっき、伝令が地平線に砂埃が見えたと報告してきた。
 と、いうことはいよいよなのだ。
「うむ、どうだ?」
 片膝をついて控えている侍従に問いかける。
「はっ、ご立派でございます」
 侍従はちらりと視線を上げると、再び面を伏せた。
「宴席の用意は整っているのだな」
「殿下、お任せ下さいませ」
 正妃がにっこりと言い、それからほうっとため息をついた。
「それにしても、殿下、ご立派ですわ」
「そうか?」
 殿下は満足げに手を顔の所まで持っていくと、鼻の下に生えそろった髭を撫でた。
「とってつけたようではあるまいな?」
「とんでもございません!」
 気の利いた侍従が磨かれた青銅の手鏡を差し出した。
 角度を変えて顔を映しながら、殿下はもう一度うなずいた。
「アルヌワンダ先帝陛下には及ばないが、なかなかどうして」
「まことに国の重鎮たる威厳を現すにはうってつけでございます!」
 執政官が大げさに誉めた。
 その執政官は見事なあごひげを蓄えているのだが、殿下はそれと自分のを比較することはなかった。
「私も皇帝陛下の唯一の兄として、やはり威厳を持たねばならないからね」
 軍事や政治的手腕に秀でているとはいえ、現皇帝はまだまだ若い。
 そのことで諸外国から侮られる訳にはゆかない。
 皇族の一員としてヒッタイト皇室は盤石であるのだと知らせる必要があった。
 幼い頃から、殿下はお優しいと言われ続けた。童顔ゆえだろうか。
 弟が即位したときに思いついたのが、髭を蓄えることだった。
「ほんとうに威厳がおありですわ!」
 正妃がうっとりと言う。
「父帝陛下のお若い頃を彷彿とさせますな」
「うむ」
 多少髭の質が柔らかいのが気になったが、こうして生えそろってみると自分でも頼もしく見える。
「きっと皇帝陛下も、殿下のお姿を見て随分と頼りに思われることでしょう」
「陛下が私を見てとんだ荒くれ者だと誤解されないか心配でね」
「まあ、ご冗談を!」
 周囲はひとしきり笑った。


 城壁の開け放たれた門扉の前にエジプト戦から凱旋する皇帝軍が到着した。
 はためく黄金のイシュタル旗を見上げながら、殿下はかすかに微笑んだ。
 黄金作りの皇帝戦車の中にぴったりと寄り添う姿を見たからだった。
「おお、陛下!イシュタル様も!!」
 満面の笑顔を浮かべて両手を広げた。
 今までの幾度もの戦と同じく、今回もまたこの女神が勝利をもたらしたのだった。
「皇帝陛下には勝利の女神がついておられる!」
 そして、威厳を持った私も・・・とまで殿下は言わなかった。
「兄上!」
 戦車から降りた皇帝の顔は輝いていた。
 勝利したのだから当然だ。
「こたびの勝利、祝着至極に存じます!」
 言いながら、皇帝の視線が自分の顔に注がれるのを感じた。
「兄上なにか・・・」
 お顔に威厳が・・・と続くのを期待していた殿下の耳に別の言葉が届く。
「あたし、アスランの様子を見てくるね!」
 小柄な人物が皇帝の腕から飛び出し、そのまま兵舎の方に駆け去った。
「イシュタル様はどうされました?」
「どうにも落ち着きが無くて」
 口調とは裏腹に、皇帝の瞳は愛しさをたたえたまま小柄な背中を見送っている。
 あまりに長いこと見送っているので、殿下はもう自分の顔に注目してもらうことは諦めることにした。
「兵達に休養を与えましょう。陛下は王宮へ」




「やはり、まだ私には威厳が足りないということだろうか」
 ぽつりとつぶやいた殿下に、並んで皇帝軍を見送っていた正妃が慌てて振り向いた。
「とんでもございませんわ!殿下は並びない皇族としてどなた様よりも威厳がおありです」
「しかしね、陛下は私の髭には気がつかれないようだった」
 ハレブに滞在していた数日というもの、皇帝は寝所に籠もるか(それも仕方がないとは思うが)出てきても会話に上の空で突然にたついたりしていて、殿下の顔をろくにご覧にはならなかったのだ。
「兄上、お世話になりました!」
 先ほどの別れの挨拶の時も、視線は腕の中の寵姫に向けられていた。
 殿下は寂しげに髭を撫でた。
「じつは・・・私は童顔なのだ」
「まあ、殿下」
 正妃の声が涙ぐむ。
「これは・・もしかして、陛下は故意に殿下のお髭を無視しておられたのでは!?」
 不意に執政官が声を上げた。
「なぜ、無視する必要がある?」
「それは・・・」
 執政官は顎髭をしごきながら眉を寄せた。
「おそれながら陛下のお若さに起因するのではないか、と。陛下はまだまだお若い。ろくにお髭も生やされていない様子。そこに威厳を持った殿下がそのようなお髭を整えられていては・・・」
「なんと!」
 殿下は衝撃を受けた。
 皇帝のためによかれと思っていたことが反対にプレッシャーを与えていたとは。
「では、私は髭を伸ばすべきではなかったのか?」
「いいえ、殿下はこのまま皇帝陛下のよき助言者として立派にお髭を伸ばされるべきです」
 執政官は言い切った。
「帝国の将来は、殿下のお髭にかかっていると申し上げても過言ではないですぞ!陛下もそのうちにご理解下さるでしょう!」
 殿下は埃を上げて去ってゆく皇帝軍を眺めた。
「・・・うむ、そうだな」
 そんな日がいつかは来るのだろうか。
 いや、聡明な皇帝陛下のことだ。そう遠くはない日に訪れるはずだ。

−−−−−見せばやな 我が顔おふる 君がため
                      はえにぞはえし ひげはかわらず−−−−
(あなたにお見せしたいものだと髭を生やした私だが、ただ髭だけがはえていることだ)

 殿下がそっと口ずさむと、正妃が感極まって顔を上げた。
「まあ、殿下!」

−−−−−ぬばたまの とののおひげに こころあらば
            いまひとたびの みゆきまたなむ−−−−−
(烏の羽根のように漆黒の殿下のおひげに心があれば どうかもう一度皇帝陛下がお越しになるまで生え続けておくれ)

「まったくそうだねえ」
 正妃の歌に殿下はゆったりと微笑まれると、鼻の下の髭を愛しげに撫でた。

                                  おわり

      

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