『Everything』


                   by きくえさん



「陛下…ほ、本当によろしいのですか?」
 女官が、声を震わせながら何度も確認してくる。
「ああ、早くやってくれ」
「ですがっ…!」
 …しつこいぞ、ハディ。早くせねば、ユーリがどこかに行ってしまうかもしれないじゃないか。
「…ならば、別の者に頼むとしよう」
 こう言えば、忠臣のハディは断りきれまい。
 予想通り、最後まで言いきらない所で、大声でかき消される。
「いいえ!!他の者に任せるなど、とんでもございません!微力ながら、お役目、立派に果たしてご覧に見せます」
 …私はそんなに大層な事を頼んだのか…?
 かえって、不安になってくるぞ。
 ハディは深呼吸を何度か繰り返すと、椅子に座っているわたしの後ろに回り込む。
「では…」
「ああ、頼む」


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「ユーリはどうしてる?」
 額飾りをつけながら尋ねる。
「ユーリ様でしたら、中庭でマリエ様とご一緒に遊んでおられます」
 女官のこの答えに、ほんの少し嫌な予感がする。
 一人娘のマリエは、親の欲目を差し引いたとしても、ほんっとうに愛らしく、母親のユーリにそっくりな顔をしている。
 しかし、似ているのは顔だけではない…性格までそっくりだ。
 つまり…皇女にしては、ほんのすこぉ〜しだけ(かなり控えめだが)お転婆という訳だ。
 ユーリ、マリエの二人にピアが加われば、その相乗効果は更に増し、これにとと丸が加われば更に完璧と言ったところだろうか。
 ユーリのじゃじゃ馬振りを止めようとしてくれるのは、今や長男のデイルだけになってしまった…それでも止まらないのが、わたしの愛妃なのだが。
 中庭の池で3人が寄っているのを見る度に、後宮の侍従長は胃を痛めているらしい。
 近い内に、シンまで加わる事になれば……やめよう…わたしの胃まで痛くなりそうだ…。
 なんとなく胃の辺りを抑えながら、部屋を出る。
 視界の端に、大儀を務め上げた(らしい)ハディが映るが、緊張していたのが解けたのだろうか。ナイフを握っていた手が震えている。
 …わたしの首は無事なんだろうな…?

 回廊に出ると、衛兵・下官・女官、多くの人間がわたしに気付くと、頭を垂れる…こともせず、ぽかんと口を開けたまま突っ立っている。
 皇帝に対して、これはかなり無礼なのだが…面白いので許すことにしよう。
「陛下、ユーリ様とマリエ様はあちらに…」
 ユーリがどんな感想を言ってくれるのか、イロイロと想像しながら歩いていると、直ぐに後宮の中庭が見える所まで来ていたようで、キックリのその声にふと我にかえると、確かに、遠くの方に黒髪が二つあるのが見える。
 ただし、今となってはすっかり白髪になってしまった侍従長も一緒だ。
 話し声はここまで聞こえないものの、ユーリとマリエが項垂れているところを見ると、どうやら説教をされているようだ。
 ああ、二人とも可哀想に…だが、何をしていたのかは聞かないでおこう…そう、きっとそれがわたしの寿命の為なのだ。

 ゆっくりとした足取りで近づくが、ユーリとマリエはこちらに背を向けているので、わたしに全く気付かない。
 そのかわり、二人の正面に立っている侍従長が一番にわたしに気が付いた。
 目尻の垂れた目をこれでもかと言うほど見開き、口をあんぐり開けたかと思う
と今度はぱくぱくと閉じたり開いたりを繰り返し、手を震わせてわたしの方を指差す。
 むう…皇帝を指差すのは、不敬罪に当るのではないのか?
 しかし、侍従長の変化に気付き後ろを振り返ったユーリの顔に、そんな事は吹っ飛んでしまう。
「カイル?!」
「とうさま?!」
 ああ、そうだ。この、驚きと喜びに満ちた顔を見たかったんだよ。
「「髪、切ったの?!」」
 おまえが望んだのだから、当たり前じゃないか。

 ユーリとマリエがわたしの頭を弄り易い様にする為、池のほとりに腰掛けながら昨夜の出来事を思い返す。
 昨夜、ユーリはわたしの腕の中で、前髪を上げて後ろ髪を切った方が良いと言ったのだ。
 ならば、妻の希望を叶えるのが夫であるわたしの責務であろう?
 それに……
「とうさま、すてき!」
「でしょう?かっこいいわよね〜」
 左脇に、ユーリが髪を撫で付けながら膝を付き、反対側からはマリエがじゃれついてくる。
 そう!!―――カッコイイ―――
 ユーリが今までに、わたしの容姿を褒めた事があっただろうか?
 いいや、無い!!!
 …自ら否定すると、なんとも虚しくなるな…。

 わたしだけに限らず、ユーリは基本的に人の容姿について何か言ったりなどはしない。
 これは、ユーリが人を外見で判断するような事をしないということの現われなのだろうが……昔、ウルヒの事を「美形」だと、感嘆の溜息をつきながら褒めたのを、わたしは聞き逃さなかった。
 あいつだけ褒めて、何故わたしを褒めない?!
 ユーリと出会って十数年、心の中で密かに燻っていた火種だった…。
 そんなユーリが、やっと自ら「カッコイイ」と言った容姿に変えるのは、当然の事だろう。
「後ろ髪も切っちゃったのね」
 少し涼しくなった首の後ろを触りながら、ユーリが言う。
 あまりにもユーリとマリエが騒ぐので、とと丸やとと姫まで顔を覗かせてきた。
「おまえが望んだのだから、当然だろう?」
 ユーリの頬を撫でながら囁く。
 ただ…前髪を上げることとは違って、一悶着あったが…。

「お、皇妃さまが陛下に、髪をお切りになられるよう仰ったのですか?!」
 なんだ…まだ居たのか?
 すっかり存在を忘れていた侍従長が、ユーリの顔とわたしの頭を交互に見ながら絞り出したような声を上げた。
 お前までわたしの髪型に文句をつける気なのか?まったく、どいつもこいつも…皇帝が髪を切ってはいけないと誰が言ったというんだ。
「べつに、切るようにとは…切っても良いんじゃない?って言っただけだよ。
…ダメだったの?」
 ユーリが不安そうな顔をしてわたしを見る。
 何てことだ!!ユーリにこんな顔をさせるなんて!!
 睨みをきかせて見遣るが、侍従長はとと丸に水を掛けられ、それを防ぐのに必死でわたしの顔を見る余裕なぞ無かった。
 いいぞ、とと丸!もっと掛けてやれ!!


                   (おわり)

      

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