ひらひらスプリング

                   by 端午節句屋マリリンさん


「ととまゆが!!ととまゆが!!」
 後宮はピア皇子の叫び声で目を覚ました。

 寝台を抜けだした皇子を、女官が見つける前の出来事だった。
 後宮中庭の池の側に立ってパニックになっているピア皇子。
 毎朝恒例になっている、とと丸への挨拶のためにきていたはずなのだが・・・
 いったい何があったというのか。

 皇子は、とと丸に挨拶をしようとしたのだが
 いつもより早いため、とと丸はまだ姿を見せていなかった。

「ととまゆ」
 そっと囁くピア皇子の声はとと丸には届かなかったらしく、とと丸は姿を見せなかった。
 と、その時黒い影が通り過ぎる。それも、水の中ではなく、ピア皇子の頭の上を・・・・・・
 
 頭の上を見上げたピア皇子は「ととまゆが!!」と叫ぶはめになったのである。
 
 ピア皇子の知る限り大きな魚はとと丸しかいない。


「とと丸はね、お水の外では生きられないのよ。」
 ととまゆを池から連れ出して遊びたいとだだをこねた時に、かあしゃまは確かにそう言った。
「おみじゅのそとではしんじゃうんだね。」
「そうよ」
 なのに、なのに、ととまゆがおそらを泳いでいる。
 ととまゆがしんじゃう。
 誰か、誰か、ととまゆをおみじゅの中に入れて。


「あら、どうしたのピア。」
 朝早くにもかかわらず、ユーリの声がした。
「いったい何事だ。」
 なんとカイルの姿まで。
「かあしゃま、とうしゃま。ととまゆがあ〜」
 もはや、泣き声である。
 とと丸?二人は顔を見合わせる。
「とと丸なら、そこにいるじゃないか?」
 カイルの指さす水の中にはきょとんとしたとと丸が・・・・

 いつもと一緒の時間に来たのにピア皇子は泣き叫んでいるし衛兵や女官は鈴なりだし、いったい何がどうなっているんだ?
 とと丸はそう思っていた。

「あれ、ととまゆ? いつの間におみじゅの中に?」
 と、その時また黒い影が通り過ぎる。水の中ではなく、頭の上を何かが通り過ぎる。

 見上げるピア皇子につられて、全員が空を見上げる。
 そこには、風にのってはためいている魚のようなものが・・・・・・二匹

 みんなは、思わず息をのむ。
「なんだ、あれは?」
「魚・・・・のようにもみえるが、しかし・・・・」
 みんなの頭の中が?????でいっぱいになったときユーリの楽しげな声が響いた。
「どう、ピア?鯉のぼりよ」
「こいのぼり?」
「そう、デイルとピアが元気で大きくなりますようにって鯉のぼりにお願いするの」
「あれは、ととまゆじゃないの?」
「ううん、違うのよ。鯉のぼりって言うのよ。」
「ふうん。」
 安心したピア皇子はとと丸に声をかける。
「ととまゆ おはよう。」
 ああ、おはよう。しかし、この騒ぎはいったい?
 とと丸が回りをそっと伺うと衛兵や女官は自分の持ち場に散り始めていた。



「ねえ、かあしゃま。あのこいのぼりは だれのなの?」
「大きい方がデイルの鯉のぼり。小さい方がピアの鯉のぼりよ。」
「ピアがにいしゃまよりおっきくなったら、ピアのこいのぼりが、にいしゃまのこいのぼりよりおっきくなるの?」
「さあ、どうかしらね。」
 ユーリはさもおかしそうに言った。
「ぼく、がんばっておっきくなるね。かあしゃま!」
「さあ、朝ご飯だ。いっぱい食べないと大きくなれないぞ。ピア」
「うん、とうしゃま。じゃ ととまゆ、また後でね。」

 
 三人が歩いていく後ろ姿を見ていたイル・バーニは、大きなため息をついた。
 朝早くから、たたき起こされてみれば”鯉のぼり”だと。
 なにも、こんな早朝から、お二人で”鯉のぼり”なんぞあげていなくてもいいじゃないか。

 後ろに立っているキックリに声をかける。
「キックリ」
「はい、イル・バーニ様」
「端午の節句とは、側近をいじめるためにあるのだろうか。」
「いいえ、イル・バーニ様、男の子の元気な成長を願うためだそうですよ。」
 むっとして後ろを向いたイル・バーニの目に飛び込んだのは、嬉しそうに同じ大きさの二匹の鯉のぼりを持つキックリの姿だった。



                    終わり

     

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