おやじ−男の事情


 休暇というのは良いものだ。
 私は、窓からさんさんと差し込む日の光が寝台をまぶしく染める中、ユーリの身体を抱き締め直した。
 いつもなら日の出と共に起き出して、堅苦しい報告を聞きながら朝食を採ったりするのだが、なにしろ今は休暇中なのだ。
 政務もなければ義務もない。
 好きなだけユーリとこうやって過ごしていていいのだから。
 昨夜(いや、今朝か?)随分と長い間いちゃいちゃしていたため、ユーリはいまだ眠そうで、寝ぼけ眼で私にくっついてくる。
 もうすぐ命じた食事も運ばれるだろう。
 口移しで食べさせて、そのあとまた仲良くして、それから互いに眠るのもいいな。 
 腹が減ったらまた食事を運ばせてそれからまた楽しんで疲れたら・・・エンドレスだ。
 自堕落と呼ぶなら呼べ。
 日ごろ骨身を削って働いているのだ、たまの休暇にこうしていたって罰は当たらないだろう。
「カイルぅ・・・おねがい・・」
 ユーリが私の胸に顔をすりつけてくる。
「ん?なんだ?」
 おねだりか?なんだ、なんでも聞いてやるぞ。
「まぶしいよぉ・・窓を閉めて・・・」
 う・・む・・確かに寝不足の目に、今の光はちょっときついか。
 私はしぶしぶユーリから離れると、ベッドの天幕をひいた。
 厚い布のおかげでだいぶ暗くなった。ユーリの白い肩が見えなくなるのは寂しいが。
「どうだ、これでいいか?」
 もう一度ユーリを腕の中に納めると、私は優しい声でささやいた。
「うん・・ありがと・・カイル、大好き」
 胸の底から幸福感がこみ上げてくる。
 そうか、私が大好きかユーリ!!
 私もお前が大好きだぞ!!
 幸せな気分のまま、私はユーリの頬に頬をすり寄せた。
 なんてかわいいんだろう。
 すると、ユーリは突然私から顔を逸らした。
「やだ、カイル・・」
「???」
「お髭がざらざらして痛いよ・・・いや」
「・・・・・」
 が〜〜〜〜〜ん!!
 聞いたか、いまの!?
 ユーリが私に、「いや」と言った!!
 私の心は恐怖に凍り付いた。
 凍り付いたまま、頬に手を当てる。
 休暇が始まってから(今朝は二日目だ)いちゃいちゃいちゃいちゃしていたために手入れを怠っていて、私の頬はうっすらと無精髭で覆われている。
 男の身体はそういうものなのだが・・・ユーリは顔を背けた。
 つまり・・つまり?
 私はユーリに嫌われている??
 男としての魅力がないと言うことなのか!?
「ユーリ、髭が・・嫌いか?」
 震える声でたずねる。
「ん・・」
 ユーリは丸まったまま私の顔を見ようともしない。
 絶望が私を襲う。
「もう、私を愛していないのか?」
「・・・すう」
 私はよろめきながらユーリから離れた。
 なんと言うことだ!
 今の今まで私は自分が愛されていると思っていたのだが、それは単なる思いこみだったのだ。
「陛下、ご朝食の用意ができました」
 その時扉が開いて、女官達が入ってきた。
 捧げる盆には、温かい食事が盛られている。
「ま、陛下!?」
 天蓋からよろめき出た私を見て、目を見張る。
「いったい、どう・・?」
 先頭にいたハディが突然目をそらした。
「ハディ・・私は魅力的か?」
 ああ、一体私は何を聞いているのだ?
 ハディは平伏した。
「おそれながら陛下、ご質問の意味がよく分かりません」
「男としてどうだ、と聞いているのだ!」
 感情的になるのはユーリのせいだ。
「・・・お答えできません・・」
 ハディもまた顔を逸らしたまま、這うようにして部屋を後にしようとする。
 待て、ハディ、どうして私を見ようとしない!?
 もしや、ユーリから日ごろ何か聞かされているのか?
 私は目の前が真っ暗になって、そばの寝椅子に座り込んだ。
 いったい、いつからユーリは私のことを嫌っていたのだ?
 私は頭を抱え込んだ。
「陛下、また何ごとかありましたか?」
 戸口で声がした。
 イル・バーニだ!
 イルがいつもと同じ落ち着き払った様子でそこに立っていた。
「女官達があわてふためいておりましたぞ?」
「イル・・」
 私は気弱になって言った。
「私はユーリに嫌われたらしい・・・」
 もはや生きる気力も無くした気がする。
 イルは片方の眉をつり上げた。
「どうしてそうお考えになるのか存じ上げませんが・・とりあえず、なにかお召しになって下さい」
 言われて私は自分の身体を見下ろした。
 なんだかすーすーすると思ったら裸だった。
 寝台からそのまま降りてきたからな。
「ユーリが」
 私は前夜脱ぎ散らかした衣装を身につけながらため息をついた。
「私の髭が痛いと言うのだ」
「それなら剃ればよろしい」
 あっさりとイルは言った。
「・・・そんなことで解決するものか」
「しかし、痛いと仰られたのであればそれを取り除く努力が大切なのでは?」
 ・・・・そうか!
 大切なのは、ユーリのために努力するということなのだ!
 何よりもユーリを愛していながら、私はいつのまにか努力をすることを忘れていたのだ。
 聡明なユーリがそれに気づかないはずがない。
 「いや」発言はそんなところから来たのか。
「わかった、髭を剃ろう」
 私はうなづいた。剃るだけでは手ぬるい、いっそ永久脱毛してしまおう。
「では、こちらに女官を呼びますか?」
「いや、別室で」
 私は天蓋の向こうに眠るユーリを振り返った。
 待っててくれ、ユーリ。
 お前のために私は髭を無くそう。
 代々の皇帝は皆髭を伸ばしていたが、お前のために私はあえて「髭無し皇帝」となろう。
 それが私の愛のあかしなのだから。


「ユーリ」
 寝顔にそっと声をかける。
「う・・ん」
 まぶたが震え、黒い瞳が開いた。
 夢の続きのように、ぼうっとした表情でユーリが腕を伸ばす。
 ユーリの手のひらが私の頬を撫でた。
 すべすべになった頬だ。
「・・・食事にしないか?」
 私はつとめて平静を装いながら言う。
「うん・・おはよ、カイル」
 はにかんだ微笑みが、ゆっくりとひろがった。
 同時に私の胸に暖かいものが広がってゆく。
「・・・私のことが・・好きか?」
 ためらいながら、訊ねる。
 ユーリはわずかに瞳を見開き、それから優しい笑顔を浮かべた。
「うん、大好きよ、カイル」
 ああ!ヒッタイト幾千の神々よ!!
 私は感謝しながら、ユーリの身体を強くかき抱いた。


                            おわり  

     

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