まきまきスプリング

                               by節句巻菓子屋マリリンさん


「それはちまきを作っているのだろう。」
「”ち・ま・き・”ですか?」
 聞いたことのない料理の名前にとまどう料理長。

 厨房からの注進に私は、「今年もあの時期が来たんだ。」とあることを思い出していた。
 今年もユーリはするのだろうか?
 ちまきがまずかったと言うことではない。確かに、毎年、ちまきに問題は大ありだったが・・・・・
 去年は、べとべとだった。その前の年は堅くて飲み込むのに苦労したような・・・・・
 毎年、柔らかすぎるか、堅すぎるかどちらかで・・・・・

 ため息をつく。

 料理長は、私のため息をどう解釈したのか、身の置き所がないと言う顔をしていたが意を決したように緑色の葉を差し出した。
 おそる、おそるではあったが・・・・・・
「皇妃様はこれも大量に用意されて見えます。が、これをお召し上がりになるのはちょっと無理かと・・・いえ、もちろん毒ではないと思いますが。」
 どう料理しても食べにくそうな葉。
『何もしていないぶんだけ、まだましかも』
と心の中ではつぶやいたが、それを言うのはやめておいた。
 料理長に恐怖心を与えることはない。
「ああ、大丈夫だよ。それは”ちまき”を包んでおくだけだから・・・・・・」
 料理長は、わかったような、わからないような顔をしている。
 この程度の料理でおたおたしていると保たないぞと言いたかったが、あまり脅かすのはやめておこう。

『皇妃陛下が厨房で何か作り始めたら必ずイル・バーニ様に報告するように』
 この言葉は、歴代の料理長に引き継がれているらしい。というわけで、今、その言葉を守る新しい料理長が目の前にいる。
 ユーリと一緒になってから何人目の料理長だろう。
 断っておくが、私は一度も料理長を首にしたことはない。
 向こうから、辞職願いを出してくるので認めているだけだ。
 誰か、ユーリの料理をやめさせる あるいは、適切な助言のできる料理長が現れてくれないだろうか?
 この願いが叶うことは、ユーリを手に入れたことよりも奇跡的なことかもしれないが・・・・・


「ご苦労だった。これからもよろしく頼む。」
 私の言葉に料理長は下がっていった。

「陛下。あの・・・・、昼食は抜かれますか?」
 キックリの声がした。気遣ってくれているのだろう。たぶん。
「ああ。」
 心ここにあらずの私に、まわりはそれ以上なにも言わない。
 うっかり何か言って、食べさせられては大変だと思っているのだろう。
 そのまま、私は執務室を出た。
 今日は、イル・バーニですら何も言わず私を見送った。
 うん、たまには役にたつこともあるぞ。

※※※※

 私は今、正妃の間に来ている。
 いや、正確にいうなら正妃の間の扉の柱の前に立っている。
 ユーリを正妃にする前夜、私はここに傷があることに気が付いた。
 その傷を付けたのは 歴代の皇妃
『その皇妃たちが過ごしたような夜はユーリの上には訪れない』そう約束をした。
 そして、それを守って来たはずなのに傷が増えていることに気が付いたのは、いつのことだっただろう。

 子ども達の名前が刻まれた傷に指を這わす。
 この傷が毎年この時期に刻まれることにも私は気が付いていた。

 毎年ユーリに理由を聞いてみたいと思うのだが、私は臆病者だ。
 どんな返事が返ってくるのか怖くて聞けないでいる。
 だが、今年こそ聞いてみよう。いったいお前が何を考え、感じているのか。
 どんな思いでこの傷を付けているのか。

 子ども達と一緒に傷を付けているユーリに声をかける。
「なあ、ユーリ。どうして毎年こんなことをしているのだ?」
 声が震えていなかっただろうか?
 
 一瞬みせた、遠くを見つめるような眼差しにドキッとした。
 やっぱり何かあるのか?。
「日本でもね。」
 私の顔を見ながらユーリが話し出す。
 日本? ユーリの国だ。心が波立つ。
「ママが、こうやって毎年柱に傷を付けてくれていたんだよ。」
 たまらなくなって、ユーリの頬にそっと手を伸ばす。
 瞼をそっとふせ、私の手に自分の手を重ねながら、ユーリが言葉を続ける。

「去年と比べてどれぐらい大きくなったかな、とか お姉ちゃんと同じ年の時はどっちが大きいかな、とか比べて楽しかったよ。」
 は?
「ここの柱にこの傷を見たとき、ああヒッタイトでも一緒なんだ、って思ったの。皇妃でもこんなことするんだなって」
 いたずらっぽい笑顔を見せる。
「で、子供ができたら私もやろうって、決めてたの。」
 ああ、なんと言えばいいのだろう?
 呆然として、言葉のでない私をユーリが心配そうに見つめる。
「あのカイル? いくらなんでもいっぱい傷を付けすぎちゃった?」
「あ、いや、そんなことはないよ。」
 喉の奥から言葉を絞り出す。
 私はいったい何をあんなに悩んでいたんだ?

※※※※

 山盛りのちまきを前に、私は唸り声をあげそうになるのを必死に堪えていた。
 去年までは心に思うことがあったので、このちまきを食べるのに苦労はなかった。
 ただ、機械的に口にはこんでいただけ・・・・心は別のことに囚われていたから。
 しかし、長年の懸案事項が解消した今 受難の日の一つになろうとしている。
 聞かないほうがよかったのだろうか。いや、しかし・・・・

 私は気を取り直し、ちまきに手を伸ばした。
 ユーリが私に気づかれないように泣いているよりどれだけいいか。
 とはいえ、なぜこんなにあるんだ?。
 料理長よ。頼む。せめて『適量』だけでも教えてやってくれ。


                          おわり

       

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