おやじ−男の純情


 その日、私は「るんるん気分」で後宮へ向かっていた。(この言い回しはちょっと若すぎるか?)
 午前中に政務を片づけたユーリは子ども達の部屋にいるはずだ。
 デイルとピアは乗馬教師に連れ出されている。
 そして、シンはお昼寝の時間、ということは。
 子ども部屋にはマリエとユーリだけがいるはずなのだ。
 マリエは私とユーリの間に生まれたただ一人の女の子で、父親の私が言うのもなんだが、ものすごくかわいい。
 ユーリに似た黒い瞳に黒い髪、象牙色の肌。
 ユーリの子どもの頃はこんな風だったんだろうな、と思わせる。
 そのユーリそっくりのマリエと、最愛のユーリと、両手に花ですごそうというのだ。
 私が浮き足立つのも分かるだろう?
「あっ、カイル!」
「とうさま!」
 戸口まで行くと、声が上がった。
 二人の黒い瞳が喜びに輝きながら私を迎えてくれる。
「お仕事、終わったの?」
「うわ〜い!」
 二人して駆け寄ってくるので、同時にぎゅっと抱きしめる。
「ああ、終わったよ。今はなにをしていたんだ?」
 部屋の真ん中にはとりどりの小さな石が転がっている。
「おはじき。円の中から相手の石をはじき出すの」
「かあさまの国の遊びだって」
「そうか」
 言いながら二つの身体を抱き上げる。
 重さが違うのでバランスを取るのが難しいが、どちらかを置いておくなんてことは考えられない。
 私は最初にマリエの頬にキスをして、次にユーリの頬と唇にキスをした。
「私も入れてくれないか?」
「とおさまは、かあさまより上手?かあさまはすごく上手なのよ」
 マリエが首筋に抱きついてくる。
 子どもの特有の高い体温が心地よい
「どうかな?」
 ユーリがくすくす笑う。笑いながら、頭をもたせかけてくる。
「カイルはすぐに勝っちゃうから面白くないよ。マリエはお友達とゲームしたほうがいいわね」
「じゃあ、お友達とする」
 私は部屋の中央に腰を下ろした。
 マリエを膝の上に座らせて、かたわらのユーリの腰に腕を巻き付ける。
「そうか、お友達とか」
 女の子が後宮にやってくるのは賑やかで良い。
 なんというか、空気が華やぐのだ。
 マリエには元老院議員や皇族の姫達で同年代の友人が数人いる。
 それぞれが自慢の姫君なんだろうが、まあ、マリエほどかわいい娘はいないだろう。
 親のひいき目じゃなくて。
「お家に行っていい?」
 マリエがユーリに訊ねている。
「とうさまが良いとおっしゃったらね。誰のところへ行くの?」
 ふわふわの髪に結ばれたリボンを整えながらユーリが言った。
 マリエの頬が喜びで薔薇色になった。
「・・うんとね、マルセルくん!」
 ・・・誰だ、それは?
「ああ、元老院議員のブルギョン卿のご子息ね」
 ご子息だと?
「あそこは・・娘じゃなかったのか?」
 確か、ブルギョンにはマリエの友人にちょうど良い同じ年の娘がいたはずだ。
 友人として後宮に上がらせるようにブルギョンに命じたのは私だ。
「ええ、レイナ姫ね。マルセルくんはすぐ上のお兄さんよ。この前一緒に遊びに来て、気に入ったみたいね?」
 ユーリはのんびりと言いながらマリエの髪を撫でつけている。
 気に入った、だと?マリエがか?
 なぜ、そんなに平然としていられるんだ!?
「マリエは・・レイナ姫と遊びたいんだな?」
 私は勤めて平静に訊ねた。
「ううん、マルセルくんと遊ぶの。だって、レイナ姫って、こういうの下手だもん」
 言うとマリエはくるりと私の方を振り返り、にっこりと笑った。
「マリエね、マルセルくん、だ〜い好き!!」
 轟音を立てて血の気が引いた。
 マリエが、男に心を奪われている?
「だめ、とうさま?」
「カイル?」
 ダメに決まっている!
 知らずに拳を握りしめていた。
「ユーリ、お前はことの重大さに気がついていない」
 私は青ざめながらかろうじて言った。
 国家の将来に関わるような重大なことだ。
「重大って・・・」
「マリエはヒッタイト皇帝の唯一の皇女なんだぞ」
「・・・そうだけど」
「その皇女が親しくしている男がいるなどと」
 言語道断だ。
「カイル、男ったって、相手はまだ9才だよ?」
 ユーリは露骨に顔をしかめて見せた。
 また私のことを心配性だとか、過保護だとか言うつもりか?
「まだ9才でも将来は立派な男だ。皇女の結婚問題は、国の政治問題だ。もし私がマリエをブルギョンの屋敷に行かせたらマルセルを将来の夫候補として認めたことになる」
「そんな大げさな」
 大げさではない、娘の将来に関わることだ。
「とうさま、マリエ遊んじゃいけないの?」
 私の服を掴んだマリエの瞳が潤んでいる。
 うっ・・・・。
 しかし、これぐらいでひるんではいけない。
 かわいい娘をみすみすどこの馬の骨とも分からない男にやれるか!(議員の息子だが)
 マリエは私の膝からすべり降りるとユーリに抱きついた。
「マリエ、お外に行けないの?」
 すでに涙声だ。
「泣かないのよ」
 ユーリが私の腕を振り払って、マリエを抱きしめた。
 私を見る目が冷たい。
「まさか、マリエには男の子の友達がいちゃいけないって言うつもりじゃないでしょうね?」
 なぜそんなに非難がましく私を見るんだ?
「私は親として、皇帝として当然のことを・・・」
 そうだ、あくまでこれは皇帝としての見解なのだ。
 見損なったよ、カイル。
 ユーリの目つきはそう語っていた。
 やめろ、私をそんな目で見るのは!
「さあ、マリエ、いらっしゃい!」
 ユーリは私から目をそらすと、マリエを抱きしめたまま立ち上がった。
 おい、どこに行く?
「かあさまがご本を読んであげるわ」
 おい、ユーリ、私を置いていくのか?
「まて、ユーリ・・・」
 その時、マリエが涙に濡れた顔を上げて私に決定的セリフを投げつけた。
「とうさま、嫌い!」


 廊下で嫌な男が近づいてくる。
「陛下、このたびは・・・」
 私は顔を逸らした。なにもかもすべてこの男が悪いのだ。
「息子をわざわざ王宮にお招き頂きまして、たいへんな名誉だと御礼申し上げます」
 招きたくなどなかった!
 だが、マリエに嫌われては困るではないか!
「おお、ブルギョン卿、訊けばご子息のマルセル殿はマリエ姫と親しいとか!」
 脳天気な議員が話しかけている。
「もしや陛下はマルセル殿を婿がねとしてお考えでは?」
 そんなことはない!
 私は今発言した議員を睨み付けようとして、ユーリの声を耳にする。
「気が早いですわ、まだ子どもですのよ?周囲がいろいろ言ってはかわいそう」
「これは皇后陛下!」
 近づいてきたユーリは、だがしかし私から目をそらした。
「皆さまも、同じ年頃のお子さんをお持ちでしたら、仲良くしてやってくださいね」
 皇后の顔でユーリが微笑む。
 
 マリエとはなんとか和解したが、いつになったらユーリは私に口をきいてくれるのだろう?

                        おわり
  

            

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