記念の印
by金こすもさん
イシュタルが昇る水の季節――――。
新年祭の準備のため、カイルは善き日を選んで髭や髪を切り身を整えていた。
「あれ? カイル、これどうしちゃったの? 」
少し短めになった彼の髪をすいていたユーリは、地肌に小さな傷跡があるのを見つけていた。
「あぁ―、ここか。これは古いものだ。そう、これはおまえから付けられたんだっな〜」
「えっ! あ、あたしのせいなの? い、いつ、こんなにしたんだけっ?! 」
慌てふためくユーリにカイルは笑みを浮かべると、侍女たちを下がらせた。
「ふぅ〜ん、覚えてないのか、ユーリ。 そうか〜。だが私は、しっかりと覚えているんだがな〜。おまえを義母上の魔手から助けあげ、黒い水に操られたティトからも救ったあとに付けられた傷なんだがな〜」
「う〜んと・・・・。そのあとは・・・・! 」
ユーリの両頬が、赤く染まった。
そのあとは・・・、カイルに初めて抱かれそうになった時・・・・。
ティトから受けた切り傷の治療と処して裸体にされたユーリは、寝台の上で強引にカイルの物にされそうになった。
そのころの彼は、ユーリをただの慰み物として抱きしめようとしていた・・・。
そしてユーリは、怖くって悲しくって抵抗した・・・・。
「いやぁぁ――! 氷室!! あ、あなたなんか、大嫌い! 」
ユーリの声で吾に返ったカイルは、泣いている彼女から身体を離したのだった。
その時・・・・聞こえてきた鐘の音―――。
ティトの処刑の合図だと聞いたユーリは、思いもよらない行為をカイルに投げつけていた。
皇子である彼の頭に、上質のワイン壷が投げつけられたのだ。
「ばかっっ!!こ、こんな事をしてる場合じゃないじゃない!!処刑場は、どこよ!」
強いユーリの迫力に、圧倒されたカイルはそのままティトの処刑場に向かったのだった。
「皇子だった私に、こんな傷を負わせてそのままで済んだのは、ヒッタイト史上初めての事だったんだぞ。これが、私だったから良かったんだからな」
「うん、そうだね。ごめんなさい。でも、あの時のカイルは恐ろしかったんだよ。そして、大嫌いだった」
「だが、今はどうなんだ? 」
「ばか〜。カイルのいじわる〜。あたしの気持ちなんか、よく知ってるくせに〜」
カイルは笑いながら、ユーリを床に横倒した。
「ユーリ。私は、あの時おまえを抱かなくて良かったと、胸をなでおろしているよ。無理に私の物にしていたならば、 おまえは永久に私の妻にできなかっただろうな〜。この傷跡は私の縛めの記念の印でもあり、そのあとで聞いたあのことばで真眼を開かせてくれた記念の印でもあるんだ」
「ティトを助けた時のことば・・・・」
「そうだ。身分がある意味は、上の者が下の者を守ること、そして、権力の使い道・・・。的確に告げられたそのことばで、私は、もうおまえを正妃として見つけていたんだ」
「カイル・・・・。ん・・・・」
甘い口づけが、ユーリを襲った。
「ユーリ、おまえに会えて良かった。今度は、その肌に丹念に私が付けてあげよう。記念になる印を・・・どうやら、夜までは待てそうにはないな〜」
あの時とは違う二人は、敷きつめられた絨毯の床でお互いに愛しみあった。
その日からユーリの肌には、薔薇のような印がいくつも残り消えることはなかった。
<おそまつ>
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