人魚姫


「月がまんまるだ」
 そう言ってユーリは片腕を伸ばす。
 窓枠に頬杖をつき、残った手のひらでとろりと輝く天体を掴もうかとするように。
「月がどうした?」
 カイルの指が、髪に差し入れられる。
 吐息がかかる距離で、同じ夜空を見上げる。
 少し首を傾ければ、月よりもっと謎めいた琥珀の瞳が穏やかな光を放っている。
「・・・姫が王子に恋したのは、こんな月夜だよ」
 子どもの頃から聞いていた悲しい童話。
「・・・どの姫が?」
「人魚姫だよ、海の底の国のお姫様」
 抱き上げられて反射的に肩に腕をまわす。
 床の上に切り取られたのは月の光。
「・・・姫は王子のために故郷を捨てたんだよ」
「それで、王子と結ばれたのか?」
 下ろされたのは寝台の上。
 柔らかい枕に頭を預ければ、のぞき込むカイルが髪を梳く。
 静かにユーリは頭を振った。
「姫は二本の足を手に入れるために、声を魔女に売り渡したの・・・だから思いは伝わらなかった」
「足をね・・・」
 つぶやくと手のひらが足首からふくらはぎへと形をなぞる。
 薄衣が襞を作りながら徐々に白い肌をあらわにする。
「・・・王子の愛を得ることが出来なかった人魚姫は、海の泡になって溶けてしまったの」
 小さくため息をつくと、ユーリは瞳を閉じた。
 寝台が揺れて、目蓋に息が吹きかかる。
 すぐそばにカイルの気配。
「・・・可哀想な話だが、お前にはあまり関係がないな」
 口を開こうとして、重なる唇に言葉が途切れた。
 混じり合う熱に、だんだん思考が溶かされてゆく。
 このまま、溶けてしまうのだろうか。
 人魚姫みたいに。
 ユーリの指がカイルの肩にすがりつく。
 流されることに脅えるように。
「第一」
 ようやく唇を開放し、頬をさまよったカイルが耳朶に歯をたてて笑った。
「人魚なら、こうもたやすく溺れはしない」


                  おわり  

       

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