結合

                               by千代子さん


 『ヒッタイト帝国カルケミシュ第四神殿 ナキア様宛   発送元 バビロン通信梶x

「……なんでございましょうか、これ?」
 侍女が恐る恐る持ち上げた小包を、ヒネモスは受け取った。
「恐れながら、…通信販売…でございましょうか」
 侍女は本当に恐ろしさでおびえた顔をして、ヒネモスの顔を覗き込んだ。
 ――姫さまったら懲りずにまた…
 ヒネモスは侍女さえいなければ口を尖らせていたかもしれなかった。が、そこはさすがに、
「心配には及びません。これはわたしが預かります。このこと、決して他言なきよう」
と、お局ヒネモスの威厳を利かせ、うら若い侍女に一瞥をくれてやると、ナキアの居間へと向かった。
 近頃のナキアは、やたら通信販売に凝っている。
 この前はバンジージャンプができる強力ベルトを取り寄せ、腰に巻いて城壁の上から飛び降りたし、その前はヒッタイト産の鉄で作った鉄アレイを肩に背負ってうさぎ跳びをして見せた。
「ナキアさまは罪人のおん身、そのような軽々しい行動をなさっては皇帝陛下のお咎めを受けるばかりか、ジュダ殿下にもご迷惑と相成ります。どうぞご自重なさいませ」
 ヒネモスが口が酸っぱくなるほど言っている言葉も、ナキアにとっては馬の耳に念仏らしく、まったく聞く耳を持たない。
 今回もまたろくでもないものを取り寄せたんだわ、仮にもバビロニアの王女であった方が、とヒネモスが嘆きながらナキアの居間の扉を開けたとき、中からいっせいに何かが飛び出してきた。
「うぎゃあああああああああああ!?」
 突然のことで、すっかり乙女の恥じらいを忘れてしまったヒネモスは、後ろ向きで後退り、壁に背中ごとぶち当たってしまった。
 中から出てきたのは、魚の形をした風船だった。
 それも一つや二つではなく、まるで水族館かと思えるほど大量の魚たちがヘリウムガスで膨れた姿で飛び出して来たのだった。
「ほっほっほ、ヒネモスよ、おまえもこのくらいのことで驚くとは、まだまだじゃのう」
 風船を掻き分けて表れたナキアに、ヒネモスはさらにど胆を抜かれた。
「ひ、姫さま、そのお姿は…」
「うむ、これを着ていると脂肪が燃えて引き締まった身体になるらしい。世界のためにわたくしは常に美しいプロポーションを保っていなければならぬのだ!!」
 ナキアはスポーツブラにホットパンツを着、二の腕と腹、太ももに黒いベルトを巻いて両手で長い棒をゆらゆら揺らしながら立ちはだかっていた。
「よし! もうちょっと振っておこうかの。ヒネモス、数を数えておくれ」
「ナキアさま…それは一体…」
「この棒かえ? これは、棒を振るだけで筋肉を痛めず無理なく筋力がつけられる棒らしい。こう振ると腹筋に効くらしいぞ」
 言うとナキアはまわりに群がる風船を気にもせず、棒を振り始めた。が、風船は好都合なことに糸がついていなかったため、ふわふわと浮いて難を逃れていた。
 ナキアの部屋は、足の踏み場もないほど通信販売で手に入れた器具や道具が散乱していた。
 しかもどう見てもどうでもいいような、しょうもない物ばかりで、ヒネモスはとりあえず手近なものを拾いながら、ジュダがアレキサンドラに小言を言われながら代金を払っていた姿を思い出して、ついほろりとしてしまった。
 罪人の身で、ナキアに国から支給されるお手当金は、つつましく暮らせば充分なほどあったけれど、もともと金は湯水のように使って当たり前と思っているナキアにとって、それはほんの涙金でしかなかった。
 それでも元老院議員の給料と比較すれば、若いなりたての議員の、まさに半年分の金額がナキアの許には毎月送られていたのだが。
 ヒネモスは、ジュダ殿下が苦労なさるのもナキアさまのお子に生まれたが宿命、と思い、少し片付いた部屋の真ん中にかしこまり、先ほど侍女に手渡された包みを差し出した。
「こちらをお取り寄せになられましたか?」
 ヒネモスが差し出した小包みを勢いよく受け取ったナキアは、目を輝かせて包装紙を破り、中身を取り出した。
「おお、これじゃこれ!! わたくしが待っていたものはこれじゃ!!」
 ナキアが取り出したのは、両手に乗るほどの大きさのクリームだった。
「判るかえ、ヒネモスよ。これを手に入れるために、わたくしはこれだけのモノを集めたのじゃよ」
「と、おっしゃいますと?」
「うむ、このクリームは10000ポイントで貰えるものでの。商品の値段に応じて貰えるちゃっちいポイントをこまこま集めるのに苦労したぞ」
 ナキアはふんぞり返り、さも偉業を成し遂げたあとだと言わんばかりに晴れやかな顔をしている。
 ――10000ポイント溜めるためにこれほどまで買い物をなさったのなら、さっさと初めからクリームだけをお買いになってらっしゃれば、ジュダ殿下も苦労なさらずにすんだのに…
 ヒネモスは密かにそう思ったが、これもジュダ殿下の運命、と口の中でつぶやいて黙っていた。
「と、ところで姫さま、そのクリームはなににお使いなさいますの?」
 ヒネモスは話題をそらした。
「おお、よくぞ聞いてくれた。ようく見てご覧。わかるかえ?」
「…さぁ…お顔のシワを取るクリームでしょうか」
「愚かじゃな、そのようなものはわざわざ通販で取り寄せずとも間にあっておるわ」
 そういえば、ナキアの怪しげな薬棚には自分で調合したり、出入りの化粧商に無理難題を言って持ってこさせたクリームがたんとあるのを、ヒネモスは思い浮かべた。
「では、お腹に塗って脂肪を燃焼させるクリームでしょうか。それとも美白のためのものでしょうか? もしや古い角質をぼろぼろ落すためのものなのですか!?」
 歳をとるといろいろ大変ですねぇ、とヒネモスはナキアの全身をじろりと見てため息をついた。
「おまえは愚か者じゃ。まったく苦労するのう」
 ナキアは大げさにため息をついて見せて、ヒネモスを手招きして近くに呼んだ。
「大きな声じゃ言えぬがの。これは『一度つけたらボディービルダーが両側から引っ張っても取れない接着剤』じゃ」
 ヒネモスは、なんのことかと聞き返そうとしたが、ナキアがあまりにも希望に満ち溢れた顔をしているので黙ってしまった。
 ナキアはヒネモスなどお構いなしに続けて、
「早速じゃがウルヒを呼んできておくれ」
と命じた。
「ウルヒさまをでございますか?」
 ますます合点が行かないヒネモスの、鳩が豆鉄砲を食らった顔がよっぽどだったのか、ナキアは内緒話の容量で耳もとに唇を寄せて、
「これをの、ウルヒにつけての、二度と取れなくしてしまうのじゃよ」
と囁いた。
「まぁぁ姫さま! それはそれは、よい思いつきでございますわ!!」
 ウルヒに取り付ける、といえば、それは何?、と聞き返すまでもなく、ヒネモスは大げさなくらいに手を叩いた。
 初めての床入りでは外れ、皇帝夫妻の寝所を覗かせても目覚めなかったウルヒに、ナキアは疲れ果てていた。
 足りないものをつけてしまえば、案外うまくいくのではないかというのはずいぶん見切り的だけれど、ナキアは手持ち無沙汰で通販カタログをめくっているうちに見つけたこの接着クリームに感謝したい気持ちすら起きた。
「だがそのまえに実験をしてみよう。ちょっとそこのものをとっておくれ」
 ナキアは椅子を指差すと、ヒネモスに命じて背もたれの上の部分にクリームを塗り、勢いよくそのまま天井に向かって投げさせた。
 椅子は上手い具合に天井にくっつき、衝撃でふらついてはいるが落ちてくる気配はない。
「成功ですわ、姫さま!!」
「うむ、さすが10000ポイント集めただけのことはあるな」
 ナキアが満足そうに頷いたのを確認すると、ヒネモスは次の瞬間駆け出していた。
「すぐにウルヒさまをお連れいたしますわ!!」
 奇遇なことにヒネモスも、ウルヒが欠けたることのない身体になれば、お床入り(男入り)もうまくいくだろうと思った。長年の主従関係は主人と侍女の思考回路をも同じにしてしまう効果があるのだろうか。
 やがてヒネモスはウルヒをつれて戻ってきた。
 ウルヒはフリルのついたエプロンにスコップを持ち、軍手をはめていた。
 最近死神博士の趣味が伝播したらしく、ガーデニングに凝っているのだ。
 そのため、中庭には色とりどりの花が咲き乱れている。
「なんのご用でしょうか、ナキアさま」
 丁寧な挨拶に、非情にもナキアは、
「うむ、すぐ済むので心配は要らぬ。ちょっと脱いでそこに横になれ」
と、長椅子を指した。
 純粋無垢なウルヒはナキアの言葉を疑うことなく、ためらいもせずに言われた通りになった。
 ナキアは以前外れたまま大切に保管しておいたウルヒのふらふらに、例のクリームを塗り、あられもない姿のウルヒに近寄った。
「ナキアさま、ファイト!!」
 ヒネモスが見守るなか、ナキアはそっとウルヒの上にふらふらを置くと、二、三歩退いて眺めてみた。
「…ウルヒ、ちょっと動かしてごらん。引っ張ってごらん」
 言われたとおりウルヒはやってみたが、接着は完璧だと見え、外れる気配はまったくない。
「姫さま!! 成功ですわね!」
「おお、ヒネモスよ、成功じゃ!!」
 あられもない姿のままのウルヒをそのままにして、ナキアとヒネモスは抱き合った。
「これで姫さまの念願叶いますね。おめでとうございます!」
 女二人が涙を浮かべながら抱き合い、成功を喜んでいる背後で、ウルヒはのそりと起き上がった。
 すっかり存在を忘れられてしまっているかのようなウルヒは、突っ立ったまま笑い泣きする二人を眺めていた。
「さぁ姫さま、お支度しなければ……」
と、ヒネモスがウルヒを見やったその瞬間、
「きゃあああああああああああああ!!! 姫さまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 この世も終わりかと思えるほどの声で、ヒネモスは叫んだ。
「なにごとじゃ、静かにせんか!!」
「あれ、あれ、あれ、あああ、あれをご覧くださいませ」
 口が上手く回らなくなったヒネモスが指差した方向を見ると、ウルヒが素っ裸で突っ立っているではないか。
「なんじゃ、ウルヒの裸などいまさら大騒ぎするものでもあるまい」
 しれっと言ってのけるナキアのドレスの裾を鷲づかみにしながら、ヒネモスはなおも叫んだ。
「ご覧くださいませ! ウルヒさま、間違ってます!!」
「間違ってるじゃと?」
 ナキアはよく目を凝らしてウルヒの頭から足の先までを見た。
「どこか、悪いところがあるか?」
「ですから、ただいま姫さまがお付けなさった部分が! 上下さかさまなのです!!」
 もう一度、じっくり言われたところを見つめてみる。
「なんと……あれではますます役に立たぬではないか!」
ナキアの顔が、見る見る青ざめていく。
「ヒネモス、なんとかしろ!」
「なんとかと仰せられても…一度ついたら離れない接着剤だとおっしゃったのはナキアさまではありませんか」
「ええい、とにかく引っ張ってみろ。取れるかもしれん」
「ボディービルダーが引っ張っても取れないって売れ込みなんでしょう! か弱い女の子が引っ張って取れるわけないじゃないですか!」
「か弱いとは何事じゃ! おまえ、ふてぶてしいぞ!」
「ナキアさまこそ! ご自分で責任取られませ!!」

 よく似た主従の言い争いを、ウルヒは眺めていた。
 自分のこれからも、自分の身体にどのような事をされたのかも正直なところ判っておらず、退屈にうっすらと天井を見上げた。
 天井には先ほど投げられた椅子が空しく物静かにくっついており、あの椅子は落ちてこないのかな、とぼんやり思うウルヒは、早く庭に戻って草木に水を上げたいのに、と素っ裸のまま考えている。

              (おわり)

       

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