ボクの背中には羽根がある。
こんもり盛り上がった茂みを両手でかき分ける。
つややかな緑の葉は固くて、むき出しの腕に触れるたびにかすり傷を作る。
いつもは後で叱られることがないように、出来るだけ気をつけて行動するのだが、今日はかすり傷の一つや二つは構わなかった。
両手分の隙間に身体をねじ込み、さらに奥に進む。
この先には、小さく開けた空間があるのだ。
柔らかなしたばえと、重なり合う緑の天井と、ちらちらと落ちる木漏れ日は彼だけの秘密の場所だった。
木の葉の触れあう音が耳元一杯に響き、少しの間だけ何も考えずに進むことに没頭する。
そこに行き着きさえすれば、彼は自分に許すことが出来るのだ。
だから、それまでは何も考えないでおこう。
唐突に腕に抵抗が無くなり、ぽっかりと開いた空間に転がり出た。
ふんわりと受け止めた草を身体の下に感じて、深呼吸する。
土の匂いと、草の匂い。
大きく息を吐くと、彼の喉から細い声がもれた。
ここは誰も知らない場所だから、泣いていいのだ。
大粒の涙が頬を滑り落ちる。
悲しい。
そう思うと、一度にいろいろな感情の波が押し寄せてきた。
なぜか、悔しい。
腹立ちもある。
自分自身の感情をもてあましてしまう。
彼は声を上げて泣き始めた。
泣きはらしたまぶたに、木漏れ日が痛い。
まだ熱を持ったままの目元を腕で擦ると、小さな傷がいくつも出来ているのに気がついた。
乳母や侍女達に気づかれないうちに、洗い落とさなくては。
弟のことも気にかかる。
先ほどは乳母の腕の中で泣いていたような気がする。
もう泣きやんでいるのだろうか。
幼い弟を置いてきたことに罪悪感を感じる。
戻って抱きしめてやろう。
父上にも会わないといけない。
めそめそとはしていられないのだ。
自分は母にとっては自慢の息子で、葬儀に立派に参列しなくてはならない。
服についた汚れを払い落とす。
来た道はまた厚い葉の固まりで覆い隠されている。
今度は慎重に道を開きながら、戻り始めた。
頭の中では、これからのことがいくつもわき上がり、順序を追って並び始める。
大丈夫、なんとかなる。
優れた皇子という評価は、これからだって変わらないままだろう。
母は立派な息子を残したものだと、後々まで言われ続けるのだ。
「兄上!」
部屋にはいると、弟が駆け寄ってくる。
さして身長の変わらない弟を抱き留めると、髪を撫でる。
「・・・しっかりしろ、ザナンザ」
涙で濡れた瞳をのぞき込む。
「泣いているだけじゃ、なんにもならないぞ?」
鼻をすすり上げた弟は、口元をふるわせたままうなずいた。
泣いている場合ではないのだ。
自分たち兄弟は父の妃が山のようにいる後宮で、母という後ろ盾を失った。
これからは自分たちの力で父に認められなければならない。
母の血筋や身分がよかろうとも、二人はあまりに年若すぎる。
弟の手を握りしめる。
「泣いている場合じゃないんだ」
自分に言い聞かせるように。
「・・・うん」
弟の手に力がこもる。
これから先、誰かの前で泣くことなどないのだと、彼は思った。
大丈夫、自分には逃げ込む場所が残されているのだから。
辛くなったら、あそこに行けばいい。
そう考えるだけで、なんだか頑張っていける気がした。
「泣くんじゃない」
血の滲む膝を抱える息子の頭を撫でる。
しゃがみ込み、目線の高さを合わせる。
明るい色の髪や、瞳の色が、あの日の彼を思い出させる。
「武人は泣いちゃいけないんだぞ、ピア」
腕にしがみつくように、上の息子のデイルがのぞき込む。
泣いた弟につられたのか、デイルの黒い瞳も潤んでいた。
そちらの頭も撫でてやる。
「お前達が泣くと、かあさまも泣くぞ?」
二人を同時に抱き上げる。
両腕に、心地よい暖かな重みがかかる。
「泣かないよ」
しゃくりあげながら、怪我をしたピアが言った。
「ぼく、とおさまみたいな武人になるんだもん」
息子の泣き声を聞きつけたのか、中庭の向こうから急ぎ足に近づく姿が目にはいる。
「とおさまは泣いたことがないの?」
デイルが尋ねた。
「カイル!どうしたの、いったい?」
息を切らせながら、妻が走り寄る。
「いま、泣いてたのピア?」
「泣いてないもん」
ピアはまつげに涙の粒を光らせながら胸を張った。
「ぼくは泣かないんだよ」
「なに言って・・怪我してるじゃないの?」
慌てて腕を伸ばして、息子の身体を抱き取った。
「とおさまは泣いたことがないから、ぼくも泣かないんだ」
傷口を調べながら、妻はこっそり彼を振り返った。
「そういうことになっている」
苦笑しながら、彼は答える。
「消毒しなくちゃ・・・」
擦り傷に安堵して、妻はピアの身体を抱き直した。
「我慢しなくてもいいのよ?泣きたいときは泣けばいいの」
「そんなの、かっこわるいよ?」
唇を尖らせたデイルの頭を、彼は笑ってかき回した。
「そういうときは秘密の場所で泣くんだ」
「秘密の場所?」
「あとでひとつだけ教えてやろう」
耳元に口を寄せてささやいた。
あの頃逃げ込んだ場所は、まだあるだろうか。
「ひとつだけなの?」
不満そうな息子に笑いながら、妻の肩に腕をまわして引き寄せた。
「ああ、もう一つは私だけのものだからな」
おわり
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