PLATINA


 行き着く先が見えないのは本当。


 気がつけば意識を失っていた。
 夢中で貪っていた身体を離すと、ばたりと腕が落ちた。
 大丈夫かと問いかけたいのに、息が上がって上手く行かない。
 汗で濡れた体に腕をまわしながら、深く呼吸を繰り返す。
 いったいどのあたりで、と記憶を引き出すけれど、どうにも曖昧すぎる。
 指や唇やその他の全身で味わった肌の熱さは覚えているのに、いつの時点まで意識があったのか不明だ。
「・・・ユーリ大丈夫か?」
 ようやく呼吸を整え、かすれたままで声に出す。
 反らされたあごと、それに続く白い喉。
 開き加減の唇は赤く染まっている。
 名前を呼ばれたのはどれくらい前か。吐息だけがこぼれるようになったのは。
 頬を捉えて、閉じられたまぶたを観察する。
 意識はないようだが、浮かべたかすかな笑顔はなんだか幸せそうな。
 汗でぺったりと貼りつく前髪を払ってやる。
 目尻には涙の粒。
 拭おうとして指を伸ばすより先に、ころころと転がった。
 銀色の輝きが残る肌。
「辛くて・・・泣いたのではないな?」
 まあ、耐えきれなくなって意識を手放したんだろうけど。
 いつも際限なく追いあげてしまう。
 できるかぎりそっと腕の中に引き寄せる。
 ぴったり身体に沿わせるには、かなりタイトに抱きしめなくては。
「細いな、お前は」
 毎夜確かめているはずなのに、毎晩驚かされる。
 細くて小さくて壊れそうだ。
 事実壊してしまいそうになることが何度あったか。
 それでもしなやかな身体をたわませつつ精一杯応えようとした。
 胸に押し当てられたふくらみの弾力や、鼻先をくすぐる髪のしっとりとした柔らかさに酔う。
 できればこのような静かな一時を低い声で言葉を交わしながら過ごしたかったが。
「・・・目を・・・覚まさないのか」
 この事態を招いたのは自分なので、文句は言えない。
 腕の中のユーリは、今や、すやすやと眠りの国へ。
 相変わらず月明かりの中は幸せそうな寝顔。
「・・夢を見ているのか?」
 あやすように、肩を撫でる。
 肩から背中に、手のひらは動く。
 胸に灯った暖かさが、微妙な熱を再び揺り起こそうとする。
 けれどユーリは夢の中。
「いったい、なんの夢を見ているんだ、嬉しそうな顔をして」
 もう一度、顔をのぞき込む。
 唇は開いたまま、まぶたは閉じられたまま。
 滑らかな肌に月の光が銀色に降り注ぐ。
 貴重な金属で作られたような、透明な輝き。
 うっすらと染まった頬、濡れた色をした黒髪が小さい顔の輪郭を包む。
 このように神聖な造形が自分の腕に与えられたという驚き。
 作り物でない証拠は、ぴたりと合わさった身体の刻む鼓動。
 規則正しく、途切れなく。
 見つめていれば取り残されたような、嫉妬心。
「夢の中に私はいるのか?」
 答えはなくて、苦笑する。
「馬鹿なことを言っている・・・」
 髪に顔を埋めてまぶたを閉じる。
 甘やかな香りを吸い込んで、今から夢の国まで追いかけよう。

 肌を合わせて、手に入れたことに安心できたのはほんの一瞬。
 一生を共にと誓ったところで、満たされたとは思わない。
 いつだって、それ以上に欲しくなる。
 追いつめたと思っても、するりと抜け出してしまう。
 こんどはどこまで追いかけないといけないのか。

 とりあえずは、夢の中まで。


             おわり 

       

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