耳に残るは君の声


 カイル、朝だよ起きて。

 私はゆっくり瞼を持ち上げる。
 寝台には白い光が溢れている。

 ああ、朝か。
 そう、朝だよ。
 今日は一日何をしよう?

 女官達が朝の支度に忙しく立ち働いているのが伝わってくる。

 このままこうしていたいな。
 ダメよ、お仕事を忘れちゃ。
 そうだな、仕事を忘れちゃだめだ。

 食事の支度が整ったと知らせが来る。
 ご一緒になさいますか?

 一緒に食べようか?
 わかっているくせに。

 私は寝台から降りると、おもいきりのびをする。

 良い天気だ。
 良い天気だね。
 こんな日にはどこかへ逃げ出してしまいたいな。
 いいの、そんなこと言って?
 お前だっていつも逃げ出したがっていたじゃないか。
 そうだね。

 私は穏やかな気持ちで食事を口に運ぶ。
 大きく開いた窓から爽やかな風が流れ込んでいる。

 食べないのか。
 うん。
 近頃、あまり食べてないな。
 いいの、欲しくないから。
 お前の好きな棗を用意させたが。

 銀の鉢に楕円の実が光を弾く。

 甘いぞ。
 きっとね。

 執政官が出迎える。

 さて、政務だ。気は進まないがな。
 またそんなこと言って。
 ややこしい事がいろいろ起こるんだ。
 ごめんね、役に立たなくて。
 そういうつもりじゃないが。
 ふふ・・・デイルはどうかしら?
 ああ、よくやってくれてる・・・最近ますます似てきたな。
 父上に似て切れ者だって噂よ。
 そうかな?・・むしろ・・・
 あたしたちの息子だもん、どっちにも似てるわね?
 そうだな。

 山積みのタブレット。
 私は次々に目を通す。
 こちらはタワナアンナの決裁も必要です。

 タワナアンナか。
 ・・・・・

「ではわたくしが」
 高い硬質の声。

 今答えたのは誰だ?

 文官がふかぶかと頭を下げている。
「陛下、これでよろしいですね?」

 私は顔を上げる。
 着飾った若い娘が背筋を伸ばして私を見返す。

 どうしてこの娘はここにいるのだろう。
 娘の腰掛けているのはユーリの場所だ。

 娘は不審そうに眉をひそめる。
「陛下、どうなさいました?」

 いったい何が起こったのだろう。
 私は室内を見まわす。

 文官が数名、書記官が数名。
 いつもの風景。
 それから見慣れない目の前の娘。

 ユーリはどこだ?

「陛下、お顔色が優れません」
 書記官が言う。
「あとは皇后陛下におまかせになって休まれては」
「そうですわ、お休みになってください、あとはわたくしが」
 皇后陛下と呼ばれた娘。

「いや、いい」
 私は頭を振る。
「少しまぶしかっただけだ」
「では窓を閉めましょう」
 皇后の衣装を身につけた娘は立ち上がり、窓から溢れる光を断ち切ろうと手を伸ばす。

 閉めないでくれ。
 このまま、あの声を聞いていたいから。
 
 けれど私は黙って視線を落とす。
 手のひらに掬いとった光が翳ってゆくのを眺める。

 ユーリ。
 なあに?

 私は拳を握る。
 わずかの光のかけらでも残せればいいのにと願いながら。


 ユーリ。
 今日も一日、なにをしよう?


                       おわり
  

     

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