雨の日


 こういう日はかなり退屈。

 ひさしのない切り取られただけのシンプルな窓は木戸を開くと容赦なく雨が降り込んでくる。
 濡れると身体が冷えるからと神経質なハディの目を盗んで、片手を雨の中に突きだす。
 ぼたぼたと大粒の雨が手のひらを叩く。
 気分晴らしに庭を散歩することもできないし、馬場で走るアスランを眺めることも出来ない。
 ここのところ行動は制限されてはいたのだけれど。
 双子達は献上された布に刺繍をするのだと張り切っている。
 一応、おしゃべりに花の咲く輪の中には加わってみた。
 でも、針を持てばすぐに指を突くし、縫い目はまっすぐには進まないし。
「少し横になられますか?」
 眠くはない。
 妊婦がみんな四六時中眠くなるというのは、きっと世間の思いこみだ。
 大きなお腹に手を当てて、バランス悪く立ち上がってみる。
 なんだか楽しそうな輪のまわりをぐるぐる歩いてみたりして。
「動いた方がいいよね」
 同じ風景の中を歩いてみても気分転換にもならない。
「う〜〜ん」
「楽士でも呼びましょうか?」
 そういう趣味はないんだよね。
 頭をふると窓に向かう。
 木戸を押し開けて。
 外は灰色の雨雲と、雨の向こうで霞んだ風景。
 よくも飽きもせずに降っていること。
 空の天気に文句をつけても仕方がないけど。
「降るねえ」
「雨季ですから」
 そりゃそうだ。
 今ちゃんと降っておかないとあとで困ることになる。
「退屈ですか?」
「・・・・うん、雨だから」
「そうですね」
 なま暖かい水が指の間をすり抜けてゆく感覚が気持ちいい。
「まあっ、ユーリさま!」
 盆を掲げて入ってきたハディが声を上げる。
「濡れてしまいますわ!」
 急いで腕を引っ込めると、すぐに乾いた布で包まれる。
「身体が冷えます!」
「・・・やっぱり」
 予想通りの反応に肩をすくめて、差し出されたカップを手に取る。
 温めたミルクに蜂蜜を混ぜたもの。
 栄養をとるようにとのカイルの厳命で用意されている。
「カイルは?」
「お帰りは夜です」
 雨でも視察は行われるのだから。
 こんなところで退屈をかこっているのは後ろめたい。
「さあ、刺繍でもされては?」
「いや、いいよ。どうも不向きみたい」
 まだ少し痛みの残る指を拡げてみせる。
 なにか気の紛れることはないだろうかと必死で考えてみても、なにも思いつかない。
 雨の降る日の始末の悪さ。 
 とりあえず、椅子に腰を下ろして、目を閉じてみる。
 見送ったときには小雨程度だったのに。
 出かけるときのカイルはこんなに本格的に降るなんて予想していただろうか。
 雨の中、泥をはね上げながら戦車を走らせる姿を思い浮かべてみる。
「あんまりきつく降ったら、あっちに泊まるかもしれないよね」
「帰ってこられますよ」
 そうならいいんだけど。
 今日、何度目かのため息。
「暇だなあ」
 こてんと椅子の背に頭をもたせかける。
 物語を読み聞かせようとか、歌を聴かせようとか、いろいろ気を遣ってもらってはいるのだけど。
「明日も降るのかな」
 そうなれば文字通り灰色の日々だ。
 張りだしたお腹を撫でる。
 今日は動いてもくれないし。
「やだな・・・」
 ハディが黙って手の中のカップを取り上げる。
 かける言葉なし、と判断したような。
 急にくすりと笑った。
「どうやら、一番の気晴らしですわ」
 聞き返す前に、慌ただしい足音。
 あわてて身体を起こした前で扉が開かれる。
「カイル!」
 雨に濡れたマントを脱ぎ捨てながら、待ち人が笑顔を浮かべる。
「どうしたの、いったい?」
「雨だからな、予定変更」
 濡れた髪を振り払いながら、カイルは真面目な顔で言った。
「とりあえず退屈されている方へのご機嫌伺いに」
「別に退屈なんて・・・」
 手の甲に押し当てられる唇がくすぐったい。
「雨は嫌いじゃないのか?」
 湿った匂いのする腕の中に抱き込まれる。
「時と場合によるの」
 広い胸に顔を押しつけて、吹き飛んでしまった退屈のかけらを探そうとする。
 さっきまでどうにもならなかったそれは、今はどこかへ溶けてしまった。
「今は・・・結構好きかもしれない」
 少し現金だけど、明日も雨でもいいかも。

                            おわり

      

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