マドさん、奥座敷にて1500番のキリ番。リクエストは「奥座敷的、イル様とハディ」
・・・難しすぎ(;_;)
 なんか、アナザーな二人になってしまいました。


視線温度


 視線が熱を持っていると言うのは、本当だろうか。
 ときおりかすめる視線に意識をこらすけれど、無機質な鉄の感触が残るだけだ。
 過ぎる視線の先をとらえたくて、虚しく空をつかめばため息しか残らない。


「あっ」
 先を行く小さな背中が、不意に固まった。
「どうされました?」
 声をかける。後宮から王宮に抜ける小径の途中、従う主人は肩をすくめる。
「どうしようハディ。カイルが見てる」
 振り返るようにのぞいた横顔は朱に染まっている。
 視線を追えば、ちょうど見上げるあたりの窓から、皇帝その人が身を乗り出す。
「ユーリさま、陛下がお呼びですわ」
「わかってるけど・・」
 ユーリは、うつむいて火照った頬を両の手で包んだ。
「だって、さっきからずっと見られてたかも知れない」
 双子の妹が、にっこり笑って抱えていた籠を差し出した。
「お声を耳にされたのかもしれませんね」
「子供っぽい、って思われたよね?」
 確かめるように見上げてくる表情に、柔らかな笑みを返す。
「陛下は微笑ましく思われたはずですわ。行って戦利品をご覧にいれましょう」
「だけどね・・」
 うなじまで赤く染めたまま、ユーリはつぶやく。
「ユーリ、どうした私に見せてくれないのか?」
 呼びかける皇帝の声は、少し焦れている。身を乗り出しているのは執務室か。
 執務室。
 どきん、と心臓が鳴る。
 ここからは見えない室内のどこかに、端然と腰をおろした彼がいるはずだ。
「ユーリ、こっちへ上がっておいで」
 再度の呼びかけに、ハディはユーリの肩を押す。
「さあ、ユーリさま。陛下がお呼びですわ」
 ほっそりとした腕をとれば、皇帝の寵を一身に受けた寵姫は赤い顔のまま逡巡した。
「いまさらなにを照れておいでですの」
「陛下をお待たせしてはいけませんわ」
 双子が、ためらう背中を軽く押す。
「だって、あたしはしゃいでたし・・お仕事の邪魔したかもしれない」
「そのようなこと、陛下はお気にされません」
「さあ早く」
 何度もうながされて、やっとユーリは歩き始める。
 ほっとすると同時に、のぞく皇帝の顔にも同じ表情が浮かぶのを見た。


「ハディ、もしかしてあたし、顔赤い?」
「ええ、多少は」
 頬に手を当てたままのユーリに、うなずく。
 不意打ちとはいえ、幾度も夜を過ごしているはずの寵姫は、まるで積年の片想いの相手に会ったかのように頬を上気させている。
 やっぱり、とため息をつく。
「カイルが見るから」
「陛下が?」
 こっくりと、幼い表情が真剣になる。
「カイルに見られると、夏の太陽の下にいるみたいに感じるの。だって、視線が熱いよ」
 視線が熱い。
 ハディは、小首をかしげる。思い起こす限り、皇帝の視線は穏やかだった。
 春の日だまりのような穏やかさで、はしゃぐ寵姫を見守っていた。
「そうでしょうか?」
「そうだってば」


 視線が熱を持っているというのは、きっと注がれる者が一人で感じることだ。かすめる視線が身体の中で反応を引き起こし、やがて自らの起こした熱が露出するだけ。
 冷たい視線に触れてさえ動悸が早くなる理由が他にないから。


 大きくとられた窓から、日差しがいっぱいに差し込んでいる。
 あふれる光の中で、皇帝が歩み寄る。
「ユーリ、スグリは採れたのか?」
「あそこにスグリがあるって、知ってたの?」
 双子から籠を受けとる手を止めて、ユーリが訊ねる。
「こっちへおいで」
 手招きよりはやく小柄な身体を抱え込むと、皇帝が窓辺に寄った。
「ごらん、そろそろ熟れ時だと思っていた」
「・・・なんだ、毎日見てたのね」
 つまらなそうな声とはうらはらに、頭をもたせかけながらユーリが言う。
「驚かせようと思ったのに」
「私のために摘んでくれていたのか?」
 妹たちに、目線で合図する。すぐに無言の同意が返ってくる。
 つやつやしたスグリで満たされた籠が、執務机の上にそっと置かれた。
 息を潜めながら、戸口に向かう。
 風が動いた。
 あえて視界に入らないようにしていても、確かに意識の端で存在を捉えていた人物が立ち上がり近づいてくる。
 肩がかすめた。
 同時に、手のひらに滑り込んだ硬い感触。
 ・・・イル・バーニさま。
 見送る暇もなく、影は薄暗い廊下に姿を消した。
 ハディは、手の中のタブレットを握りしめる。
 読まなくとも、書かれた言葉は分かっている。
『今夜。』
 忍び笑いで歩く妹たちの後から、ハディは無言で歩を進める。





 頬に光を感じて、ハディは目を開いた。室内に光の輪が広がっている。
 向けられた背中は、いつの間にか衣をまとっている。
 隙のない装いは、拒絶を示しているようで、疲れたままの身体を起こす。
「今夜中に目を通しておきたい書類がある」
 動く気配を察したのか、振り返らず、声だけが言う。闇の中で忍んだ熱の名残は、みじんも感じられない。
「・・はい」
 澱のようにうずくまる熱を身体の底に感じながら、震える指で乱れた着衣を整える。
 すでに必要とされる時が終わったのだから、あとは彼の邪魔にならないようにすることだけが今の自分に出来ることだと心得ている。        
 息を殺し、静寂にひびを入れまいとしながら、寝台からすべりおりた。
 無言で、後ろ姿に頭を下げる。

 濁った夢の残滓が、内股を伝う。
 口を開ければ、思いもよらぬ言葉が綻びそうで唇を噛みしめる。

 戸口に向かったとき。
「ハディ」
 呼ばれた名前に動きを止めた。
 振り向かないままの背中を見つめる。
「・・・疲れているのなら、ここで朝まで休めばいい。私は・・気にしない」
 言ったきり、その姿は二度と振り返らないことは分かった。

 詰めていた息を、そろそろと吐く。
 もう一度、確かめることはしない。ただ、足音を殺して寝台に忍び寄る。
 敷布の柔らかさを指でさぐる。
 むせるような匂いに包まれながら目を閉じれば、知らずまぶたが熱くなる。
 こみ上げる嗚咽をこらえるように、両手を口に押しあてる。
 揺れる明かりのなか、目を開く。
 向けられたままの背中を凝視する。


 視線が熱を持っているのが本当なら、あの背中に焼き付けてみたい。
 鉄のようになめらかな硬さを焼き溶かせば、その奥になにが見えてくるのか。
 知りたい。
 

                おわり

    

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送