もりもりサマー


 世間ではうだるような暑さだという。
 何を他人事、と言われるかも知れないが、実は私は避暑中だ。
 いわゆるバカンス、の最中なのだ。
 場所は皇家の湖の畔の別荘。湖を渡る風が心地よい。
 別荘の中庭には泉水が引かれていてさらさらと涼しげな音を立てている。
 大理石の柱が高い天井を持ち上げ日差しを遮っている。
 柱の一つにクッションを重ねて凭れながら、私はワインなんぞ口にしたりする。
「おまえもどうだ、ユーリ?」
「う〜ん、でもあたし弱いからなあ」
「大丈夫だ、そんなにきつくない」
 私の言葉に、ユーリはそっとカップに口を付ける。
 ほんのりと頬を染めるのがたまらなくかわいい。
「旨いだろう?」
「うん、美味しい」
 カップを両手で持ったままにっこりと笑う。
 私はできるだけさりげなくカップを取り上げると、むき出しの肩に手をかけた。
 ユーリが頬染めたまま、睫毛を伏せる。
 よし、このままっ!
「父上〜〜〜っ!」
 ばしゃばしゃと水音が二人の行く手を阻んだ。
「・・・デイル」
「ほら、ボクこんなに泳げるようになりましたよ!!」
 言いながらデイルは水しぶきを上げる。
 おまえ、両親が今なにをしようとしていたのか分からないのか?
「うわあ、すごいねデイル」
 ユーリ!そこで拍手なんてするんじゃない!
「ピアもっ!」
 今度は水しぶきの割りにはあまり進まないピアが現れる。
 かるく脱力感に襲われながらも、私は父親として息子達を誉める言葉を口にする。
「ああ、偉いな二人とも」
「デイル、ピア、二人ともかあさまの目の届かないところに行くんじゃないのよ?」
 ・・・ユーリ・・何を言っているんだ。
 目の届く所って言うのはつまり・・。
「かあさま!」
 弾んだ声がして、小型のユーリが飛びついてくる。
「今日はとおさまとかあさまと一緒にいるの!」
「ああ、そうだな、マリエ」
 私の顔は一瞬にやけていただろうか?
 とりあえず、ユーリを抱き上げるはずだった膝の上にマリエを乗せる。
「お仕事ないの?」
「当分はな」
「嬉しい!」
 政務は別荘にも追いかけてくるのだが、渋るイル・バーニを説き伏せてなんとか仕事無しの3日間を捻出したのだ。
 その3日間でやりたいことはいろいろあったのだが・・・とりあえずは家族サービスか。
 日ごろ子どもを構ってやれないと嘆くユーリにもちょうどいいな。
 私はため息をつきながらも、息子達とわいわい言い合っている姿に目を細める。
 どうやら、女官に寝かしつけられた末っ子も目を覚ます頃だろう。
「とおさまも泳ごう!」
 得意満面のデイルが池の縁に手をかけて笑う。
「よし、競争しようか?」
 ここらへんで父親らしいところを見せておかないとな。



 家族で泳いで食事をして、大はしゃぎの子ども達を寝かしつけたら、すでに夜もだいぶと深まっている。
「・・・大騒ぎだな」
 転がるピアに掛布を引き上げながらため息をつく。
「うん、でも子どもたち喜んでるし。普段寂しい思いさせてるから」
 ユーリがマリエの髪を梳きながら潜めた声で囁く。
 いつの間にか浮かべるようになった穏やかな表情に見とれてしまう。
 聖母の顔のまま人差し指を唇に当てて、私の背中を押す。
 音を立てないように廊下に抜けると、どちらともなく笑いがこぼれた。
「さて、私たちも寝所に戻ろうか」
 背を向けた私にユーリが抱きついてくる。
 おでこが背中に軽くぶつけられた。
「どうした?」
「ふふふ」
 ユーリが笑った。
「やっと、二人きりになれたね?・・・きゃあっ!?」
 振り向きざまに抱き上げた腕の中でユーリが声を上げた。
「さて、私たちの夏休みはこれからだ」
 言うとまわす腕に力を込める。
 ユーリも私の肩に抱きついてくる。
「うん、いっぱい満喫しようね!」
 意味が分かって言っているのだろうかと、ちょっと疑問に思いながら。


 3日間の黄金の夏休みがはじまる。


                            おわり

      

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