厳父の肖像


「まったく、キックリったら聞いてるの!?」
「あなたって都合が悪くなるとすぐに寝たふりをするのね!」
 寝たふりなんてとんでもない!
 わたしは精一杯目を見開きながら反論する。
「ちゃんと聞いているさ」
「「じゃあ、私の顔をしっかり見てよっ!!」」
 人間の目は二つを同時に見ることは出来ない。
 わたしは誠実にも妻達の顔に同時に焦点を合わせようとするのだが、なにしろ相手は二人だ。
「・・・・」
「「また目をそらす!!」」
 ・・・だめだ。どうあがいてもかなわない。
 多勢に無勢な上、相手は連係プレー抜群の双子なんだから。
「悪かったよ・・・」
 わたしはいつものように頭を下げる。
 世間一般からみて、わたしは恵まれているのだろう。
 馬事総監という重要な地位につき、息子達は皇太子殿下のおそばに仕えている。
 妻達も皇后陛下の信頼厚い女官で、かといって仕事一辺倒でもなく家庭のことだってそつなくこなす。
 料理も上手いし、裁縫もお手の物。気だってよくつくし、器量も良い。
 だけど・・・だけど、なんとなくしっくりとこないものを感じる今日この頃。


「家長の権威、じゃね」
 わたしは黙って、目の前の老婆を見返した。
「おまえさんの不満はそれさね」
 老婆はしわくちゃの口元をすぼめて耳障りの悪い笑い声を立てた。
「不満だと?」
「そう、不満に思っておる」
 わたしはそっと周囲を見まわした。
 王宮から従えてきた兵士達はそれぞれ他の店を調べに行っているらしい。

 ハットウサ市街に数人の得体の知れない異国人が流れ着いたと報告を受けて、皇帝陛下はわたしに調査を命じた。
 市に異国人の商人がやって来るのはいつものことだが、今回は商うのは穀物や各地の産物ではなく、芸をみせたり占いとしたりとどうやら真っ当な商人ではないらしい。
 敵国の間者かもしれないし、そうでないかもしれない。
 とりあえず、様子を見てくるようにとのご下命だ。
 わたしたちは市民の姿に身をやつして、ぶらぶらと市を歩き回っていた。
 若い娘の人だかりを覗いたのは、それが異国人の一人だったからだ。
 その占い婆はすでに町中の評判になっていた。
「おまえさんの悩みはよく分かる」
 居心地悪く娘達の間から顔を突きだしていたわたしを見て老婆は言った。
「悩みってなんだ」
「家長の権威、じゃね」
 家長の権威・・・・確かに。
 たしかにリュイもシャラもわたしを立ててくれる。
 が、しかし、ひとたび口論になれば、びしっとそれを制することが出来ないのは・・・軽んじられているからだろうか。
「不満を解決するものはあるがのう」
 わたしは口元を引き締めた。
 この老婆はなにやかにやと占いをした後、怪しげなお守りを売りつけるのだ。
 恋愛成就などの効果のほどは定かではない石板を、若い娘達が大事そうに握りしめて立ち去る姿は何度も見た。
「そう胡散臭げな目をするんじゃない」
 老婆はひひひと笑った。
 ますます怪しい。
「世の中には妻に認めてもらいたがる亭主は多いのじゃよ」
 そういうと老婆は背後からなにか大きなものを取りだした。
 それは丸い木の板の下に細い棒が数本取り付けられたものだった。
 見ようによってはごく背の低いテーブルに見える。
「なんだ、これは?」
 老婆はわたしの耳のそばに唇を近づけると、低い声で言った。
「『ちゃぶだい』じゃよ」
「・・・ちゃぶだい?」
「これをこうしてな」
 老婆は膝の前に『ちゃぶだい』を置くと、両手をその下に差し込んだ。
 勢いよくその手をはね上げる。
 ばった〜〜ん!!
 大きな音を立てて『ちゃぶだい』がひっくり返った。
「この技は『一徹返し』という。これをすればたちまちのうちに家長の発言力が増す」
「まさか、たかがそれくらいで」
 わたしは笑った。
 この変哲もない木の台になんの力があるというのだ。
「だいたい、こんな大きなもの場所を取るだけだ」
「これは遙か東方からの品でな、使わない時には、こうじゃ」
 老婆は『ちゃぶだい』を裏向けると手早く脚を内側に折りたたんだ。
「!!!」
 『ちゃぶだい』は、(ほぼ)一枚の板になった。


「今日は陛下の御命令で街まで出たんですって?」
 リュイだかシャラだかが話しかける。
「市が立っていたのね。買い物を頼めばよかったわ」
「おいおい、陛下のご用事だったんだぞ」
「それもそうよね、遊びじゃないんだから」
 シャラだかリュイだかがにこやかに応える。
「「でもキックリ、それはなんなの?」」
 二人の視線は『ちゃぶだい』に注がれた。
 ・・・・今だ!!
 ばった〜〜〜ん!!
「「・・・・・」」
 わたしは息を詰めて二人の様子を窺った。
 劇的な変化が訪れるのだろうか?
 リュイもシャラも無表情に私を見下ろした。
「・・・それ、新しい遊びなの?」
「遊ぶのはいいけど、埃がたつから外でやってくれる?」
 二人は同時に扉を指さした。


 騙されたのかもしれない。
 夕暮れ時の町並みを見ながら、わたしはため息をついて『ちゃぶだい』の上に腰掛ける。
 腰掛けるのにはちょっと低い。
 高かったのになあ・・・
 夕空をカラスが横切っていった。


             おわり 

     

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