わがまま



「はああああ」
 あたしは並べられた衣装箱を見ながら、ため息をつく。
 どれもこれも凝ったデザインの衣装が、取りだしては拡げられる。
「これは最新流行のデザインですわね」
 ハディが大胆な胸元カットのドレスを拡げている。
「それに布も上質で、きっとお似合いですわ」
 言ってるそばからリュイとシャラがあたしのガウンを脱がせにかかっている。
「お気に召しませんか?」
「少しだけでも着てごらんになっては?」
「着ても良いけど」
 あたしはまたまたため息をつく。
 この恐ろしく高価そうなドレスの数々は、あたしがうっかり口を滑らせたせいだったから。

 海辺の属国の使者を謁見していた時だった。
『両陛下におかれましては、ぜひ我が国への行幸を』
 使者がにこやかに言う。
 そのうちに、とか、機会があれば、とか、カイルが当たり障りなく応える。
 あたしもついでに口を添える。
「そちらの国はさぞ珍しいものがあるんでしょうね、食べ物や服装や・・・」
 少しばかり熱のこもった声だった。
 だって、おつき合いってものがあるじゃない?
 そして食卓には珍しい果物や野菜があふれかえり、あたしの部屋にはドレスが山積みになった。
「おまえが欲しがっていたから用意させた」
 カイルはにこやかに言う。
 あたしは眩暈を感じる。
 社交辞令ってものを分かってよ。
 このままじゃ、あたしはとんでもないわがまま者になっちゃう。

「お召しになれば陛下も喜ばれますわ」 
ハディの言葉に、しぶしぶ腕を上げて袖を通す。
 そりゃね、女だもん綺麗なドレスは嫌いじゃないよ?
 でもねえ。
「陛下はユーリさまがドレスが欲しいと仰られたのでとてもお喜びでしたわ」
「いや、そういうわけじゃ」
 なんていうんだろう、こんなの。
 先回り・・・っていうのでもないよね。
「別に欲しいってわけじゃないんだよ。欲しいときには欲しいってちゃんと言うし」
「欲しがられないでしょう?」
 ハディは澄ましてサッシュを巻き付けている。
「・・・言う前にカイルが持ってくるんじゃない」
 そう、それが困ったところ。
 おかげであたしはうっかり何かに興味を示すことも出来ない。
「もっと心おきなく、わがまま、言いたいなあ」
「どんなわがままでもユーリさまが望めば陛下は叶えて下さいますわ!」
「それが困るの、分かるでしょう?」
 リュイとシャラが顔を見合わせる。
「分かりませんわ」
「陛下はユーリさまを大切に想っていらっしゃるんですわ」
 そうじゃなくってね。
「さ、出来ました!」
「早く陛下のお目にかけましょう」
 いつの間にか腕飾りや髪飾りなんかもばっちりセットされている。
 割り切れないまま、背中を押されて居間で待つカイルの元へ。

「いかがです、陛下!」
 ハディが誇らしげに言う。
 カイルはワインのカップを机に置くと立ち上がって両腕を拡げる。
「似合うよ、ユーリ」
 あたしの片腕を持つと、そこを軸にくるくると回す。
 目が回るってば。
 ふらついたあたしを抱きとめると、寝椅子に腰を下ろした。
 膝の上に載せられると、開いた胸元が気になってかき合わせる。
「綺麗だよ」
 にこにこしながら頬にキス。
「あのねえ、カイル」
 あたしは出来るだけ厳しい表情を作ってみる。
「あんまり贅沢なことしないでね。あたしは今のままでも充分で・・」
「わたしにはまだ充分ではないな」
 カイルの指が唇にあてられた。
「男というのは好きな女のわがままを聞きたいものなのだよ。
 なのにおまえはあんまりわがままを言ってくれない」
 言う前に望みが叶っちゃうんじゃない。
「だからわたしはお前の代わりにわがままに振る舞うことにしている」
 カイルがわがまま?
 甘やかされているのはあたしの方なんだけど。
 眉を寄せたあたしを見ながら、カイルはいたずらっ子みたいな笑顔を浮かべる。
「皇妃を着飾らせて見せびらかして、それなのに独り占めするんだ」
 それってわがままって言うのかな?
 皇帝にとっては当然のことでしょう。それよりはむしろ・・・
 あたしはカイルの指をそっとはずす。
「ね、わがまま言っていい?」
 とたんにカイルは驚いた顔になり、それから真面目ぶって頷いた。
「なんでも叶えよう」
 腕を伸ばしてカイルの肩に回す。
 耳元に口を持っていきながら。
 そう、これは帝国の将来にも関わる重要事項。
 だからきっと最大限のわがまま。
「皇帝陛下を独り占めしたい」
 こんな大胆な望みを持った皇妃なんて今までいたかしら?
 カイルがくすりと笑った。
「よろしい、叶えよう」

 威厳のある言葉は、すぐにキスの嵐にかわった。


                        おわり

      

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