おうまでGO!


 台地の上に立って見下ろすと、父上の軍が包囲されているのが分かった。
「殿下、どうなさいますか!?」
 ボクはにやり、と不敵に笑う。
「もちろんお助けするさ」
「しかし、この崖を降りるのは危険です!」
「臆病者はボクの軍にはいらないぞ!続け〜〜〜っ!」
 ボクは叫ぶと馬を崖下に向けた。
 うぉぉぉぉぉ!
 叫び声に父上を包囲していた敵がいっせいに振り返る。
「あれを見ろ!」
「ピア皇子だ!」
「なんてことだ、あのヒッタイトの軍神ピア・ハスパスルピだ!!」
 うぉぉぉぉ!
 ボクは叫ぶ。
 父上、今参ります!!


 うぉぉぉ・・・・苦しいっ!
「ピア、早く起きなよ」
 く、苦しい!
 息が出来ない。
 じたばたしながら目を開くと、兄上がボクの鼻をつまんでいた。
「な、なにするのさっ!」
 手を振り払う。
「いつまでも寝てるからだよ。今日は早起きするんじゃなかったの?」
 兄上はもうすっかり服を着込んでマントまで身につけている。
 ボクは慌てて飛び起きた。
 そこは寝台の上だった。
「なんだあ・・・夢か・・・」
「早くしないとキックリに叱られるよ」
 兄上は言うと部屋を出て行こうとする。
「ま、待ってよっ!」
 ボクは寝台から飛び降りると、急いで着替えを掴んだ。
 外はもうずいぶん明るくなっている。
 しまった!
 今日は夜明け前に厩舎に行くつもりだったのに・・・。
「ピア、早く!」
「待ってってば〜〜っ」


 マントをかぶりながら兄上の後を追いかけていくと、立ち止まった兄上は服のリボンを結んでくれる。
「まったく、ピアは・・・こんなことで大丈夫かな?」
「大丈夫だよ!」
 ボクは胸を張ってみせる。
 だって、ボクは将来の軍神・・・だよ?
「言っとくけど、馬ってほんとに大きいよ?」
 しつこいなあ、兄上は。
「大丈夫だってば」
「落ちたら怪我するんだからね」
「知ってるよ」
 言いながらもちょっぴり不安になる。
 だって・・・今日はボクが子馬じゃない本当の馬で馬術の稽古を始める日だから。
 昨日はそれでドキドキしすぎて眠れなかったんだよね。
「まあ、基本的には子馬と同じだから」
 とっくに大きな馬に乗れるようになっている兄上は言う。
「・・・うん・・・」
 時々、父上や母上の馬に一緒に乗せてもらうんだけど、大きいんだよね・・。
 大丈夫かなあ・・・。
「最初は並足だから、緊張しないでね」
「・・・うん・・・」
「ピア?」
「・・・うん?」
 兄上は心配そうに振り返った。
「なんか口数減ってない?」
「・・・うん・・・」
 それに足もかくかくしてるよ。


「ピア!」
 厩舎の入り口で母上が待ちかまえていた。
「わっ!?」
 ボクは思わず兄上の後ろに隠れた。
「なにしてんのさ、ピア?」
「だって、ボク、今日は顔を洗ってないんだ」
 母上はいつもうるさいんだよ、顔を洗えって!
「ピア・・なにか悪いことしてる?」
 母上がのぞき込んでくる。
「してない!」
「うん、してないよね」
 兄上はなんども頷いている。
 バラしたら恨むからね!
「母上、お早いですね」
「だって!」
 母上はその場でくるりと回転してから飛び上がった。
「今日はピアの記念日なんですものっ!母親として立ち会うのは当然でしょ?」
 それはそうだけど・・・。
 なんだろう、このはしゃぎようは・・・。
「さっ、さっさと始めましょうよ!」
「殿下、お早うございます」
 キックリがにこにこしてやってくる。
 後ろには大きな黒い馬を従えている。
 ・・・ごくり・・・
「これはアスランの娘でティアラです。大人しい馬ですよ」
 ・・・そ、そうかなあ・・目つきが・・・鋭い。
「最初は牝馬から始めるのがいいわよね」
 母上はティアラの首筋を軽く叩く。
「女の子だけど、アスラン譲りのいい身体をしてるわ」
 ・・・本当に・・・・大きい・・・。
「さあ、殿下」
 キックリが渡してくれる手綱をおそるおそる受け取る。
「初めまして、ティアラ」
 まずは・・ごあいさつ。
 ティアラはボクを横目で見た。
 その後は無言で馬場までついてくる。
 大丈夫だよ、基本は子馬と同じだから。
「じゃあ殿下、乗ってみてください」
「ピア、頑張れよ」
 兄上が応援してくれる。
 ボクはティアラのたてがみを掴み、腰に手を置くと地面を蹴った。
 ひらり・・・・
「ピア、頑張って!」
 母上も応援している。
 ボクはもう一度地面を蹴った。
 ひらり・・・って・・・。
「殿下、もっと力を込めて!」
「わ、分かってるよぉ」
 だって、こんなに大きいなんて。
 ちっとも届かないじゃないか。
「ピア、タイミングだよっ!」
 よし、思いっきりいくぞ!
「えいっ!」
 自分でもなかなか上手く行けたと思ったのに・・。
「ブヒン」
 ティアラは向こうへと移動した。
 ボクはティアラが動いた隙間にずり落ちた。
「・・・・」
「ピア、大丈夫?」
「なんで退がるのっ?」
 横腹に顔を押しつけてしまったボクが睨み付けると、ティアラは顔を背けた。
「殿下、とりあえず台に上りましょうか?」
 屈辱的なことに、キックリが踏み台を持ってくる。
「・・・いらない」
「ピア、とりあえず使ってみたら?」
 母上が言う。
「ボクも最初は使ってたよ」
 兄上が慰めてくれる。
「デイル殿下だってすぐに出来るようになりましたから」
 それは慰めてないよ、キックリ。
 ボクはしぶしぶ台を使ってティアラの上によじ登った。
 しっかり跨り、手綱を握る。
 うわあ・・・高い!
 ついでに大きい!
「殿下、膝をしっかり締めて下さい」
 そんなこと言ったって、跨るだけで精一杯だよっ!
「腿で締め付ける感じで・・・」
 締め付けるも何も、足が届くのがやっとで。
「ピア、かっこいいよ!」
「ホント、さまになってるじゃない!」
 ・・・そうかなぁ?
 まあ、乗馬姿勢は子馬でも練習していたしね。
「じゃあ、少し歩かせてください」
「うん」
 ボクはティアラの腹を蹴った。
 さあ、行けっ!
「・・・」
 ティアラはのんびりと草を食べていた。
「殿下、手綱を引いてください。馬首を上げて!」
「こら、ティアラ!」
 ボクが手綱を引くとティアラはいやそうに頭を上げた。
「行くぞ!」
 もう一度、腹を蹴る。
「・・・」
「殿下、もっと強く!」
 もっと、ったって、これで精一杯なんだよ。
 だって、ボクの両足はほとんど股裂き状態に開いている。
「ピア、大丈夫?」
 兄上が・・・馬に乗ってやって来た。
 ぽっくりぽっくりボクの隣りに並ぶと、ティアラの鼻面を軽く叩く。
「あんまりピアを困らせないで」
 ・・・嬉しいけど、なんか悲しい。
 ボクは唇を噛むと、力一杯ティアラの腹に足をあてた。
 このバカ馬ッ!
「ひひ〜〜ん!」
 急にティアラはいななくと走り出した。
「うわわわわわわ!?」
 ボクは必死に首にすがりついた。
「殿下!」
 キックリの声が遠くなる。


「ど、ど、どこに行くのっ!?」
 舌を噛みそうだ。
「やるわね、ピア!」
 ・・・・信じられない。
 涙目を開くと、母上が楽しそうに並んで馬を走らせていた。
「あたしもね、最初にアスランに乗ったときはそうだったわぁ」
 って想い出に浸ってる場合じゃないよっ!
 落ちたら死んじゃう!!
「あ、ほら、障害よ!しっかりつかまってなきゃ!」
 前方に、馬場を囲む柵が見えている。
「わあああああん!!」
「そおれっ!」
 母上のはしゃぎ声が聞こえる。
 ボクは身体が浮き上がるのを感じた。
 ああ、神様!ヒッタイトの軍神がこんなところで・・・
 どすん、と衝撃があった。
 どうやら無事にティアラは着地したらしい。
 ほっとする間もなく、再びティアラは疾走する。
「ふぇぇぇぇ〜〜ん!」
 しがみついて泣いているボクに母上の声が聞こえる。
「ピア、目を開けて!」
 あ、開けてって怖いよっ!
「ピア、ほら見てごらんなさいよ!」
 ようやくボクは目を開いた。
 最初、風景がぐるぐる回っていて、よく分からなかった。
 でもボクたちは丘を駆け上がりつつあるのだと気がついた。
「・・・うわあ」
 城壁の向こうに太陽が顔を出すところだった。
 風景が金色に輝いている。
「すごい!」
「ねっ、すごいでしょう?」
 母上の得意そうな声が聞こえる。
 完全に丘のてっぺんに駆け上がると、ティアラはスピードを緩めた。
 ボクはガチガチに強張った身体をなんとか起こすと、手綱を引き締めた。
 ゆっくりと、ティアラが足を止める。
「・・・やるじゃない」
 並んだ母上がウインクした。
「・・・やるじゃない・・って」
 ボクは半べそをかきながら母上をにらんだ。
 こういう時って、ふつう心配したりしない?
「ティアラはね、どうやらピアを試したようね」
 母上がティアラの首筋を撫でる。
「そして合格みたいね?」
「落ちるかと思った」
 ボクは恨めしそうに言った。
「落ちても受け止めるわよ」
 事も無げに言うと母上は馬を返す。
「まったく、自分の気に入った人間しか乗せたがらないなんて、あの親にしてこの子ありね!」
 ・・・すっごく嬉しそうなんだけど。
「でもね、ティアラ!ピアだってこの親にしてこの子あり、なのよ!」
「もしかして、デイル兄さまも試された?」
 ボクの質問には答えずに、母上は軽く片手を上げる。
「ピア、馬場まで競走よっ!」
「えええ〜〜っ!?」
 言うが早いか母上の馬は走り出した。
「そんなの、あり?」
 だって、ボクは今日初めてティアラに乗ったんだってば!
 ボクは諦めながら、手綱を引き寄せるとティアラの首筋を叩いた。
「・・・とりあえず、よろしくね、相棒?」
 ティアラは「仕方ないな」というみたいに、鼻を鳴らした。


            おわり  

     

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