まつさん奥座敷にて37000番のキリ番ゲットのリクエストは「23巻の二人の再開の場面のカイルバージョン」です。けっこうあちこちで見かけるネタだったりして。


Precious love

 夢を見ていた。

 それは何気ない日常で、明るい光の溢れる居間で、お前が何ごとか話している。
 私はワイン片手に他愛のない言葉を返す。
 お前は声をあげて笑う。
 肩の上で黒い髪が跳ねる。
 少し伸びてきたな、と私は考える。
 どうせすぐに鬱陶しいと言って短く切らせてしまうのだろうが、髪の長い姿も一度は見てみたいものだと思う。
 一見硬質な黒い髪は、触れれば驚くほどしなやかで滑らかだ。
 そのことを知っているのはごく限られた者だろう。
 私はゆっくり手を伸ばし、まだ何ごとか話している細い身体を抱き寄せる。
 いぶかしむ肩口に顔を埋めて、私しか知らない甘やかな髪の匂いを吸い込む。
「どうしたの、カイル?」
 お前は私の肩に腕をまわす。
「しばらくこのままでいてくれ」
 腕にかかる重さや、暖かさに安堵する。
 お前は大人しく私に身を預ける。
「・・・なにか、心配事があるの?」
 あるのは漠然とした不安だ。
 今が満ち足りているからこそ、この平安が失われはしないかという不安。
「ねえ、カイル?」
 お前はその細い腕に力を込める。
「あたしじゃなんの力にもなれないけれど、ずっとそばにいるからね」
「・・・そうだな、ありがとう」
 何度誓わせても、私は脅えてしまう。
 お前を失うことが何より怖い。

 幸せな夢だ。
 いつ訪れるともしれない喪失に脅えていただけなのだから。

 夢の中はいつも幸せだ。
 目を覚ませば、寄り添う者のいない現実が私を待っている。
 お前は生きている。
 その事実だけをよりどころに、私は色のない日常を送る。
 手を伸ばしても確かめることは出来ない。
 抱き寄せて誓わせることも出来ない。

 私は夢を見る。

 お前が暗い海で泣き叫ぶ様を。
 波を掻いて泳ぎ寄る。
「探したんだ、ユーリ」
 不安で震える身体を抱きしめる。
「やっと見つけた」
「離さないで、カイル」


 暗い室内で青ざめたお前が横たわっている。
 私に気付いたお前は頬を濡らす。
「ごめんなさい、カイル」
 私はその手を握りこむ。
「お前が無事なら、他にはなにも望まないよ」


 焼けつく異国の太陽の下、お前がふらふらと歩いている。
 私は冷えたお前の頬を包む。
「帰ろう、ユーリ」
 お前は私の胸に倒れ込む。
「帰りたいよ、カイル」


 すべてが悪夢だ。
 だけどお前に会えるだけ、現実より数倍私の心を慰める。


 私は夢を見る。
 生身を伴わないお前は今夜も私を訪れる。


 どこからともなく吹き込む風。
 潜めた息づかい。
 甘い香り。
 肌のぬくもりさえも間近に感じられる。

 今夜の夢は幸せなものだろうか、それとも。
 私は夢に身をゆだねようとする。


 唇に触れた柔らかさ。
 生きている人間の息づかい。

 不意の現実に私の身体は跳ね起きる。
 夢に溺れるあまり、警戒を怠っていた。
「何者だ!?」


 小さな悲鳴と共に、私の視界を黒い髪が踊った。
 
                                 おわり

      

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