Holiday!



 朝の日差しの中で私はゆっくりとのびをした。
 気分が良い。
「こんなにのんびりしたのは久しぶりだな」
 声に出すと、妻がふふふと笑った。
「そうですわね、いつも日の出前には王宮に出仕していますものね」
「そうだな、お前はとくに・・」
 後宮女官たるもの、主人が起きだして来る前に朝食を用意し、その日の身支度も何もかも整えておかなくてはならない。
 私は有能すぎる妻を見た。
「ユーリさまにお仕えしてからこの方、ご苦労だったな」
「まあ、とんでもない」
 妻は少女のように頬を染めた。
「帝国の行く末を決定する政務を補佐していらっしゃるんですもの、あなたのお仕事に較べたら・・・」
 私たちは見つめ合い、そのまましばしの時が流れた。
「・・・朝食にしようか・・・」
「そうですわね」
 考えてみれば、ともに朝食を摂ることなど滅多にないことだ。
 陛下はたまに私を朝食にお呼びになるが、女官である妻が一緒に食事をすることはない。
 もちろん、皇妃の信頼あつい女官長が同席することを陛下はお許しになるだろう。
 しかし、妻は身分をわきまえた女だ、がんとして固辞するに違いない。
 用意された蜂蜜パンを口に運びながら、私は何度目かの幸福のため息をついた。
「こうして過ごせるのも陛下のおかげか」
「そうですわね」
 妻は思い出したのか微笑んだ。
「結婚記念日にお休みを下さるなんて、粋なはからいですわ」
 ああ、結婚記念日。
 過ぎた時間が走馬燈のように駆けめぐる。
 共に闘う戦友として、私たちは常にそばにあった。
 信頼の出来る相手としてお互いを認め合っていたのが、男と女として意識したのはいつのことだろう。
 妻は腕自慢で力自慢で気っぷが良くて姉御肌。
 そのくせ情に脆いところがあり、細やかな心遣いに長けていた。
 秘かに胸を焦がす男も多かったのだろうが、なぜか遠巻きに見守られている風だった。
 そこに私があえて近づいたのだ。
 火中の栗を拾うのに火傷を怖れてはいけない。
 栗は焼きたてが旨いのだ。
「ねえ、あなた」
 思いに浸っている私を、妻の声が引き戻した。
「ユーリさまたちはどうなさっておいででしょうね」
 まったく、これは妻の悪い癖だ。
 どこにいてもユーリさまのことを優先して考えてしまう。
「元気にされているだろう。私がいないのだ、陛下だって誰はばかることなくいちゃついておられるはずだ」
 そう、陛下は私が目を離すとすぐにユーリさまといちゃついて政務を放棄されるのだ。
 まあ、今回の休暇だって体のいい追い払い作戦だろう。
 私はいつも憎まれ役を買っているのだが、たまにはその手にのって息抜きをしたっていいだろう。
「そうですわね・・・」
「そうだ、ワインはどうだ?」
 なにしろ休みなのだ。朝から酒盛りだって許される。
 手を叩いてワインを届けさせる。
「陛下からの御下賜品だ、この機会にいただこう」
 このワインはムルシリ二世ご成婚記念に醸されたものだ。
 そう思うとまた流れた年月が思い出されてしみじみと浸ってしまう。
 妻もそのことを考えているのか、少し瞳を潤ませている。
「こんなことを言うといまさらだと思うでしょうけど、ユーリさまが御正妃になられて良かった・・・」
「そうだな」
 我々の幸運はタワナアンナとして最良の資質を持った女性を皇妃に立てることが出来たことだろう。
 まあ多少困ったこともあるが。
「なによりもそのことを喜んでおられるのは陛下だろう」
 なにしろ溺愛ぶりは尋常でないのだから。
 ・・・私が目を離している今日などは寝所に籠もりっきりだろうな。
 今日のために書記官達に細々と指示を出しておいて良かった。
「陛下方の話はもういい、それよりハディ・・・私たちのことを話さないか?」
「私たちのことって?」
 そうだな、例えば側近として皇統に仕えるための跡継ぎをどうするか、男の子も良いが女の子もいいな、とか・・・
 私はにっこりと笑って、妻の腕を引き寄せる。
 その気になれば私など指一本で投げ飛ばしてしまえるのだろう妻は、あっさりと倒れ込んでくる。
「あなた・・・まだ明るいですわ・・・」
 などと言いながらもすっかりその気だ。
「気にするな、陛下だって今頃は・・・」
「ねぇぇぇっ!ハディ〜〜っ!!」
 扉が突然開いた。
 私は妻に突き飛ばされてごろごろと転がった。
「まっ、何ごとでございましょう、皇太子殿下っ!」
 妻は裾を整えながら素早く座り直した。
「父さまと母さまが起きてこないのっ!」
 言いながら、幼い殿下は足を踏みならす。
「だから、ハディとイルとに叱ってもらうのっ!」
 殿下の後から、リュイ(か、シャラか?)が済まなさそうに顔を出す。
「寝室の前で騒がれるので、お邪魔かと思ってお連れしました」
 ・・・確かに陛下方にとっては邪魔だろうが、その前に私たちにとっても邪魔だとなぜ考えない?
「なんとかして、ハディ〜〜っ!」
 妻は慈愛に満ちた表情を浮かべた。涙ぐんでいる殿下を膝の上に載せる。
「陛下はお疲れなのですわ、デイルさまはハディと遊びましょうね」
「・・・うん・・・」
 デイル殿下は拳で目元をぬぐうと頷かれた。
「父さまと母さまは今日、お休みなの?」
「そうですよ」
 誓って言うが、陛下方は本日は休みではない。休暇なのは私たちだ。
「ハディが一日遊んでくれるの?」
「はい」
「ヤズとキシュも呼んでいい?」
「はい」
 ちょっと待て!ここは託児所じゃないぞ?
 くるりと妻が私の方を向いた。
「今日は、イル・バーニも遊んでくれますわ」
「うわ〜〜いっ!」
 デイル殿下は小さな手のひらを挙げて万歳された。
「イルにお話を聞かせてもらうの!」
 そのくりくりした黒い瞳が輝いているのを見て、私はため息をつくしかなかった。
「仕方ありませんな・・・」
 どうせ帝国に捧げた身だ。こういう休みの過ごし方もいいだろう。
 しかし。
 明日は陛下をこってりしぼらなくては。
 決意を胸に、私は殿下を抱き上げた。


                       おわり

       

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