戦いすんで・・・
最近、賭が流行っているようだ。
もちろん、すでに恒例となった『秋の戦車競走の日』の優勝者は誰か、だ。
賭の公平性のためか、誰が見ても本命馬の戦車隊長カッシュは競技には参加していない。
なぜかここ数年、言い出しっぺのはずのユーリは不満そうだが。
どうせ私や戦車隊長が参加しないのは本当の意味での一番じゃない、とか思っているのだろうな。
だが、こいつは目を離すとなにをしでかすのか分からないからな。
「今年の一番人気は誰だ?」
隣りに控えたカッシュに話しかける。
「はっ、戦車隊員のエネクでございます!」
頭を下げてカッシュが答える。
「入隊して間もないのですが、なかなかの腕の持ち主で」
「お前がそう言うのだからたいした腕なのだろう」
競技が始まる前に場内を戦車に乗ったまま選手は一周する。
観客席から声援があがる。
図太いのは、彼に賭けている者なのだろう。
甲高いのは・・・。
「どうやら若い娘に人気らしいな」
「なにしろまだ独り者であのルックスですから」
なるほど、見れば背も高く容貌も涼しげだ。
むくつけき男が多い軍の中では目を惹くだろう。
キャーキャーとあがる歓声に恥ずかしそうに目を伏せているのも人気の理由か。
これで戦車操縦の腕が優れているとなれば、娘達も放っておかないだろう。
「誰が勝つと思う、ユーリ?」
隣に座るユーリに声をかける。
今日のユーリはタワナアンナ冠を被る正装だ。
本人は嫌がるが、競技の主催者なのだから仕方がない。
「誰でもいいよ、でも」
ユーリは私を見てにっこり笑う。
たとえ競技場中の女がエネクに見とれたとしてもこの笑顔は私だけのものなのだ。
正装のユーリは見慣れているはずの私でもまぶしく感じる。
私はユーリの手を握った。
「カッシュが誉めるんだから、エネクって人が勝つのかもね」
そう言って首をかしげる姿は、かわいすぎる。
「試合というのはどうころぶのか分からないがな」
私は速くなる鼓動を押し隠して、余裕たっぷりに振る舞う。
「カイルの走ってるところも見たかったな」
「そうか?」
にやけたくなるのを押し隠す。
じつは私も一度だけ出場したことがある。
あの時のユーリの応援はすごかった。
走っている間ずっと、私を呼ぶ声が聞こえた。
天覧席で二の腕をむき出しにして飛び跳ねる皇妃に、女官の数人と侍従長は卒倒したという。
翌日、元老院議長直々に来年の競技会の中止か、さもなくば私の不参加を迫られた。
あんなに楽しみにしていたのに。
羽目を外したのは私への愛ゆえなのだ。
そう思うと、競技会の中止は出来なかった。
毎年物議をかもし出す張本人のユーリは、のんきな顔で競技場を見下ろしている。
時折イシュタルをたたえる声に軽く手を振る。
イシュタルの姿を一般の民衆が目にする機会は少ない。
だからこの『戦車競走の日』は民衆が楽しみにする行事でもある。
もはや元老院がどれだけ渋ろうとも、中止にすることは出来ないのだ。
「戦車を走らせるのって、かっこいいよね」
ずらりと並んだ本日の出場選手を見ながらユーリが言う。
まさか、自分も出たいなんて言い出すのではないだろうな?
合図と共に、私はユーリを見守る。
興奮したユーリを押さえるためだ。決して見とれているためではない。
競技中のユーリの表情はくるくる変わって、またかわいらしい。
まあ、役得と言うことか。
だが、不思議なことに今日のユーリはほとんど表情を変えずに黙って競技を見つめている。
心ここにあらず、といった風だ。
「ユーリ?」
声をかけるが、返事はない。
ひときわ高い歓声と共に、優勝者がゴールに走り込んだ。
「やはりエネクでしたか!」
嬉しそうなカッシュの声。
息を切らせながら、エネクは戦車を降りて高々と旗を掲げた。
「イシュタル様に!」
どよめきが上がる。
「あの者はユーリさまの崇拝者なのです」
「そうか、ユーリ祝福の言葉を・・・」
かけてやれ、と言いかけて私はユーリの様子に気がついた。
ユーリは胸の前で指を組み合わせて、エネクに熱いまなざしを注いでいた。
ユーリに見つめられてエネクの頬が紅潮する。
二人はうっとりと見つめ合っているようだった。
「ユーリっ!!」
私は強い口調だったらしい。
はっとしたユーリは慌てて私を振り返った。
「な、なに、カイル?」
後ろめたいことがあるのだろうか、その声は震えていた。
さっきとは違う意味で私の鼓動は速くなった。
「・・・優勝者に祝福の言葉を・・・」
私の声は絞り出されるようだった。
本当は今すぐにこの場から連れ去りたかった。
しかし、周囲の目がある。
「あ、勝ったのはエネクなのね」
まるで初めて気がついたかのように言うと、ユーリは表彰台に向かった。
あんなに一心不乱に見つめていたのに、なぜ今さらそのように振る舞うのだ?
いったい、ユーリの中で何が起こったのだ?
しずしずと歩む美しい姿に、またしても周囲からため息が漏れる。
エネクはほとんど涙ぐまんばかりにユーリを見上げている。
彼はユーリを崇拝しているらしい。
いや、崇拝だけではないかも知れない。
もしやユーリに不埒な想いを抱いているのでは?
それは一方的な片想いではないのかも。
二人は熱く見つめ合っていたのだ。
じつは以前から二人は知り合っていた、とか。
そう言えば先ほどユーリは言ったではないか。
『戦車を走らせるのはかっこいい』
これはつまり、戦車を走らせるエネクが好きだと言うことで・・・
「カッシュ」
私はどれだけ暗い声で呼んだのだろう。
とりあえずエネクに審問しなくては。
「あの者をあとで私の所へ・・・」
「おりません」
振り向くと、イル・バーニが無表情に立っていた。
「急に腹痛を訴えて退出しました」
それから、声を潜めてささやいた。
「陛下、どうか冷静に」
私は冷静だぞ?
それより・・・なにを知っているのだ、イル!?
もしや・・・エネクとユーリのことを?
またもや歓声が上がった。
エネクがユーリの足下にひれ伏しているのが見えた。
ユーリの手がエネクの肩にかかる。
「陛下、なりません!」
イルの声が聞こえる。
「皆が見ております、どうか笑って」
反射的に笑顔を浮かべながらも、私は視界が真っ赤に染まるのを感じた。
おわり・・・
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