笑顔のゲンキ



 先生に叱られた。
 ちゃんと予習も復習もしたんだけど、よくできなかったから。
 おまけにかあさまにも叱られた。
 遊んでばっかりだからよ、って。
 ちゃんと勉強したのになあ。
 ボクはまたしても暗い気分で城壁の上に座り込む。
 僕の気持ちとは裏腹に、お天気はとてもいい。
 こんな日はとおさまにいただいた新しい馬に乗って出かけたかったのに。
「またいじけておるのか、ウルヒ?」
 声がしたのでボクは片一方の目だけで見上げた。
 おばあちゃんがいつものように偉そうに腰に手を当てて立っている。
 ふんっ、って効果音を背負ってそうだ。
 ちなみに、ボクのことを「ウルヒ」って呼ぶのはおばあちゃんだけ。
 これは二人っきりの呼び方なんだ。
「まったくおまえはいつ見ても、いじいじしておるな」
「いつもじゃないもん」
 なんとかに蜂、って言うんだよそれって。
 なんとかってなんだっけ?
「こんどはなにをしたのだ?」
「なにもできなかったから落ち込んでるの」
 このままおばあちゃんのそばにいたらもっと落ち込むかもしれない。
 ボクは立ち上がった。
 ボトン。
 膝に載せていた粘土板が落ちた。
 慌てて手を伸ばすよりも先におばあちゃんが掴んでいた。
「なんだこれは?」
 言ってからじろじろとボクの書いた文字を眺める。
「アッカド語か?文法がめちゃくちゃだが」
「返してよぅ」
 ボクの届かないところまで手を上げると、おばあちゃんはもっとじっくりと粘土板を眺めた。
 なめまわすような視線だ。
 おばあちゃんは心底呆れた声を出した。
「おまけにつづりも間違っておる」
「やだってば」
 ボクは飛び上がっておばあちゃんから粘土板を取り返した。
 文法の間違いもつづりの間違いも、さっきたっぷり指摘されたんだから。
「見ないでよ」
 それを念を押すように言われたんじゃたまらない。
 反省はいっぱいしてるんだからね。
 おばあちゃんは意地悪な顔でせせら笑った。
「皇家の人間がアッカド語を満足に書けないとは」
「だって苦手なんだもん」
 苦手じゃ通用しないのよ。
 ボクはかあさまと先生に言われた言葉を思い出す。
 分かってるんだけど。
「アッカド語の読み書きは貴族の教養だぞ?」
 うわあ!
「かあさまと同じこと言う・・・」
 さっきかあさまは苦手だと言ったボクにおばあちゃんと同じように腰に手を当てて言ったんだった。
 ちょっぴりあごを突きだすところ。
 仲が悪いのに、時々似てるんだよね。
 似てるから仲が悪いんだろうか?
「なに、嫁もそう言っていたのか?」
 嫁っていうのはかあさまのことだ。
 おばあちゃんはかあさまのことを名前では呼ばない。
 たいていは嫁、ときどき田舎娘って呼んでいる。
 かあさまは「娘」ってとしでもないんだけどな。
「言ってたよ、アッカド語は貴族の教養だって」
 で、ボクは教養がないんだよね。
 ふうむ、と、おばあちゃんは考え込んだ。
「私の孫が無教養と思われてはかなわんな」
 無教養って・・・ひどい。
 勉強が出来ないのと無教養とは違うぞ、多分。
 おばあちゃんはパチンと指を鳴らした。
「分かった、私が特訓してやろう」
「ええええ〜〜っ?」
「なんだ、そのいやそうな顔は」
 おばあちゃんの指がボクのほっぺたをつねった。
 痛いよぅ!
「私がわざわざ教えてやろうというのだ、もっと感謝しないかウルヒ」
 ううう・・・お勉強時間が終わってもお勉強?
 おばあちゃんはぐぐっと拳を握りしめた。
「無教養だとか、田舎出身の親だからダメだとか言われて悔しくないのか?」
 ・・・だれもそんなこと言ってないよ、おばあちゃん以外は。
「怒りをパワーに変えるのだ!いつか見返してやる、そう思うのだ!!」
「う・・・うん・・・」
 なんか・・燃えてるな、おばあちゃん。
 おばあちゃんはもともとタワナアンナだったから、お勉強もばりばりできるんだよね。
 タワナアンナって言うのは、この国で一番偉い女の人のこと。
 かあさまはいつも、タワナアンナは誰よりも賢くて格好良くて素敵だって誉める。
 女の人のことも格好良いって言うのかな?
「さあ、教科書を持ってこい」
 まったく嫁に教育は任せられない。
 おばあちゃんはぶつぶつ言っている。


「ジュダ、どこへ行くの?」
 部屋から出ようとしたら、見つかってしまった。
 ジュダって言うのは、とおさまとかあさまがボクを呼ぶ時の名前。
「先生に叱られたでしょ?ちゃんと予習しなさい!」
 ボクは抱えていた粘土板を持ち上げる。
 今日ばっかりは反論できるぞ。
「おばあちゃんが教えてくれるって」
 かあさまは腰に手を当てたまま、大きな目をもっと大きくした。
「お義母さまが?」
 ・・・ああ、よけいに叱られるかもしれない。
 ボクは小声で付け加える。
「だって、おばあちゃんアッカド語得意だって言うし」
 おばあちゃんとかあさまはいつも喧嘩ばっかりしている。
 だからきっとまたボクは叱られるんだ。
 なのに。
「そう」
 かあさまはあっさり頷いた。
「しっかりお勉強してくるのよ?」
 え?え?え?
 かあさまが抱えていた籠をボクに差し出す。
「これ、おやつよ。そういうことならおばあちゃまと一緒に食べなさいね」
 ボクは急いで手を伸ばす。
 籠の中には甘い香りのケーキが入っている。
「ちょうど良かったわ、おばあちゃまのお国で取れたナツメヤシの実の入ったケーキなの」
「いいの?」
 なんだか信じられなくてボクは目をぱちくりさせた。
 だって敵に塩を送るみたいじゃない。
 かあさまは上機嫌でなんどもうなずく。
「おばあちゃまならとっても厳しく教えて下さるから。あとで様子を見に行くわ」
 うわあ!
 だって、二人揃ってボクの勉強を見ようって言うんだよ?
 ボクが全然できなかったら二人揃ってがみがみ怒るかも知れない。
 二人が結託しちゃったら、きっと怖いものなしだよ。
「しっかりね、ジュダ?」
 ぽんと頭がたたかれる。
 それからかあさまはにんまりと笑った。
 その笑顔はなんだかおばあちゃんに似ていた。
 そっくりだから仲が悪い二人。
 でも本当は一番の仲良しなのかも知れない。

 ボクは大きく口を開けたまま、おばあちゃんにそっくりの笑顔に見とれた。

                     おわり

         

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