マドさん、1900番のリクエスト。「イルさまとハディの続き」・・・(涙)非常に苦手な二人です。
白香
「あの、ユーリさま。本日はこちらをお召し下さい」
別に用意した衣装を差し出す。
華美ではないがそれでも裾を引く服に、すでに簡素な衣をまとったユーリがいぶかしげな顔をした。
「なんで、今日は暑いよ?」
言ってから、はっとして身体を見まわす。胸や首筋に手をやる。
「どこ?」
ハディはわずかに頭を下げた。
双子の一人が、口ごもりながら告げる。
「その、脚に・・」
すんなりとのびた脚の、裾すれすれのあたりに、いくつかの鮮やかな痕が散っている。
のぞき込んだユーリが、さっと紅潮する。
「こんなところに」
結んだ腰ひもに手をかけながら、ハディは微笑む。
「お召し替えになれば見えませんわ」
さらりと布が落ちれば、たちまち隠されていたものがあらわになる。
手早く新しい衣をあてながらも、象牙の肌にしるされた確かな所有の証に目を奪われる。 寵姫の肌に唇を這わせながら、皇帝はどんな思いでこの痕を刻み込んだのだろう。
「さあ、もう大丈夫」
「ほんとに?」
確かめるように身体をひねるユーリに、姉妹が笑いかける。
「陛下のご執心は周知のことですもの」
「いまさら恥ずかしがられるのはおよしなさいませ」
からまる裾をつまみ上げてユーリが口をとがらせた。
「他人事だと思って・・」
幼い声に、忍び笑いのまま脱ぎ捨てられた衣装をたたむ。
寵姫にねだられればどんな望みでも叶える皇帝が、唯一希望を無視しつづける。
人目に触れる場所に執拗に残された痕は、目にする者に無言で圧力を与える。
手出しは許さぬという、恫喝。
一見優雅な赤い花は、言葉にできぬ暗さを秘めて裸身を飾る。
その細い身体に男の執着を絡めつかせたまま、ユーリは軽やかに歩を運ぶ。
強い日差しの中、すでに腐色を浮かべた花が焼きついている。葉陰に見え隠れする白い花びらは、いまや縮れた醜さをさらしていた。
ため息をつきながら、ハディがつぶやく。
「摘んでしまわないとね」
主人に物語を読み聞かせていた妹の一方が立ち上がろうとするのを手で制して、粒子の粗い白味がかった光景の中に歩み出る。
めまいを感じる。
夏の直下の光は息をも止める圧力をともなう。
萎れた花弁を指で掴めば、妄執にも近い強い香りがまとわりつく。
このままでは、枯れてしまう。
悲鳴にも近い叫びが心で響く。
咲いて愛でられるはずの花が、日差しの中で焼け落ちてゆく。
柔らかな肌に顔を埋めて紡ぎだされる睦言は艶やかな赤い花弁となって盛りを迎えるのに。
艶やかな深緑に身を隠したまま、呪詛に似た芳香をまき散らして花が枯れてゆく。
その姿を誰にも振り返られないまま。
手の中で、命を終えた花がいくつもつぶれた。
転がり落ちたペンを拾い上げたとき、期待がなかったとは言えない。
誘惑を押し殺して捧げれば、軽い拒絶が返ってくる。
「もう、使えない」
折れた軸は見れば分かった。うち捨てられるだけならば、せめて形見にしたかった。
けれども、冷静な指はそれを取り上げる。
手のひらをかすめた指先が、熱い傷跡を残した気がした。
押し開ければ何もないとはわかっていながら、拳を握りしめる。
不安な瞳が見上げる。
安心させるように、微笑む。
「今日は、大丈夫です」
いくらか小さくなった花びらがまだ散ってはいたけれど、目を射るようなことはない。
「ほんと、良かった」
それでも、安心できないのか自分の身体を見まわすユーリに、思わず語りかける。
「陛下に愛されてお幸せでしょうに」
「それと、これとは別よ。カイルにはきつく言っとかないと」
無垢な言葉は、時には残酷に響く。
また、花が枯れる。ぽとりと落ちる幻影に知らずに瞳を閉じる。
閉じた目蓋に、声が弾む。
「カイル、どうしたの?」
来訪者に、慌てて床に伏せる。
朝の装いの間に皇帝が現れたのは、昨日の夜、交わされたはずの会話のせいなのか。
朝堂に向かうはずの足で訪れたらしく、数人の供。
皇帝と寵姫の間のやりとりを聞きながら、静かに気配を感じ取る。
突然不思議そうに訊ねる声。
「イル・バーニ、あなたクチナシの香りがする」
さらりと、こたえるのは。
「好きな香りでございますから」
終
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