YOUR SONG


 こんどの出し物はどこかの議員の姫君の歌とかで、ユーリは退屈しきっていた。
 美しく着飾った娘の姿に、自慢げな議員がカイルになにごとかしきりに話しかけている。
 生あくびをかみ殺しながら、ユーリはもう誰が誰やら区別の付かない姫を眺めた。
 余興にしては長すぎる。
 いったい、何人出てきたら終わるのだろう。
 カイルが気を遣ってクッションを置かせたとはいえ、正妃の椅子は背が真っ直ぐで長い間座っているには疲れる。
 小さな拍手とともに姫君が裾をつまんで膝を折る。
 カイルが多分褒め言葉らしきことを口にしたあと、同意するように頷いてみせる。
 でもそろそろ限界だ。
 椅子から身を乗り出して、カイルの方に顔を近づける。
「ねえ」
「なんだ?」
 そばに控えた議員には聞こえないように声を潜めてささやく。
「戻っていいかな?」
「疲れたか?」
 すぐに気遣わしげに振り向くのに、慌てて笑顔を浮かべる。
「ううん、少し眠いだけ。先に休んでていい?」
「私も戻ろう」
 カイルがそう答えた時、またしても拍手が響く。
 正面には、あでやかな衣装に身を包んだ娘が数人。
「珍しい踊り子を見つけましてな、娘の歌に合わせてと思いまして」
 いつの間にかそばの議員は入れ替わっている。
 カイルの顔に浮かんだ苦笑に、ユーリはそっと微笑むと、立ち上がる。
「いいよ、せっかくだからカイルはここにいて。みんな楽しんでいるみたいだから」
 正妃の退出の姿に、一瞬場内にざわめきが起こるが、そのまま続けるようにと微笑んだのと、皇帝の相変わらず着座している様子に、安堵の吐息が広がったような気がした。
「今日の出し物ってそんなに魅いるほどの物かな?」
 廊下に出た後、従うハディにそっと訊ねる。
「あたし、眠くて眠くて」
 ハディが笑う。
「素人芸ですけど、それぞれ趣向をこらしていますわ」
「歌や楽器は姫君のたしなみなのね」
 延々と続けられた演目を思い出しながら言う。
「楽士を雇って習っているようですね」
 寝所の前で待ちかまえていた女官達が頭を下げる。
 開かれた扉の中に進みながら、ユーリは小首をかしげる。
「なら、あたしも習おうかな」
 室内で出迎えた年かさの女官が夜着を捧げながら頷く。
「ですが陛下は楽士を呼ぶことを快く思われませんわ」
「どうして?」
 ハディ達が視線を交わして肩をすくめる。
「イシュタルさまは歌など習われるご必要はないでしょう」
 さらさらと衣装が脱がされてゆく。
 むき出しになった腹部に手を当てると、ユーリは愛おしそうになでる。
「あんまり動けないし、退屈なの。気分転換にもなるでしょ?」
「姫君方が歌われるのは陛下の気をひきたいからですわ」
 明るく言った若い女官がハディに睨まれて慌てて首をすくめた。
 たちまちユーリの顔が曇る。
「陛下の?」
「イシュタルさまご懐妊の今」
 どうせ訊ねられるのならと、ハディがため息をつく。
「陛下のお側にいずれかの姫君を、との目論見でしょう、本日の宴は」
 姫君の余興が続いた理由はそれだったのかと、ユーリは今日の顔ぶれを思い出そうとする。
「そうか、だからあたしの退出の時みんなが喜んだ気がしたのね」
 今ごろは無防備になった(?)皇帝にあからさまな誘惑劇が繰り広げられているかも。
「カイル、知ってたのかなあ」
「ご存じだったら、そんなふざけた宴になどにご臨席されませんわ」
 きっぱりと言い切ったハディの後ろで古株の女官達が顔を見合わせる。
 妃の懐妊中に、皇帝の無聊を慰めるための新しい妃を召すことはよくあるのかもしれない。
「そうだね・・・」
 うつむいたユーリに慌てて女官達が話しかける。
「陛下は毎夜お渡りですもの、ほかの側室など必要ありませんわ」
「今日の宴だって、イシュタルさまの気分転換にと許可されたのですよ」
「それを元老院がよけいな気を回して」
 いつのまにか柔らかな夜着でくるまれて、ユーリは寝台に導かれた。
「お疲れでしょう、お休みになることです」
「でも」
 明かりを落とそうとしたハディを見上げる。
 むりやり寝かしつけられている気がする。
「なにもご心配されることはないのですよ、ゆっくりお休み下さい」
「知らないのか?ユーリはこうみえてもなかなか寝付きが悪い」
 戸口からの声に、室内の動きが止まる。
「カイル!」
 急に現れた皇帝に、慌てて平伏する女官達の間をカイルは寝台に歩み寄る。
 肘を突いて上体を起こしたままのユーリの髪を撫でる。
「私が寝かせつけないと眠らないのだよ」
 頬を染めたハディが、慌てて退出を合図する。
「カイル、宴は?」
「抜けてきた。退屈だし」
 まだまだ演目は続きそうだったのに、とユーリは思う。
 きっと立ち上がった皇帝に、皆は慌てふためいて引き留めようとしたはずだ。
「ここにいた方がずっと楽しい」
 カイルの言葉に、横たえられ上掛けを引き上げられたユーリは自然に目を細めた。
「あたしも歌を習おうかな。カイルが退屈しないように」
 ふむ、とカイルは顔をしかめた。
「その必要はないな」
 ごそごそと布団に潜り込むのを身体をズラして待ちかまえる。
「どうして?」
 伸ばされた腕の中に丸くなりながら、ユーリは訊ねる。
 耳元に吐息がかかる。
「私がおまえのために歌うから退屈などしようはずがない」

 カイルの口ずさむ低い旋律の子守歌が、ユーリをゆっくりと眠りにいざない始める。 

                      おわり

     

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送