春遠からじ

                            by 良い夫婦の日屋マリリンさん

「ん?」
 朝陽のまぶしさとはちょっと違う?
 でも、まぶしい。そんなことを思いながら窓の外を見ればいちめんの雪。

 触れる空気の冷たさにふるえながらも、ローブを羽織り中庭を見渡せる場所に立つ。
 あれから、何度目の冬?

 冬は水の季節を待つ日々であった。

 もうすぐ帰れるという期待とカイルと別れなければならないという心の痛みとに苛まれつつ過ごした日々でもあった。


 カイルが正妃を迎えるのを見るよりは、カイルとの別れを選んでいた自分を思い出す。
 カイルの瞳が他の女性を映し、唇が愛をささやき、その腕に抱く。
 そんなのは耐えられない。
 そう思って、自分の想いに目をつぶり帰ることを願った。
 あの時の心の冷たさはこの雪と同じだったかもしれない。


「この寒いのに何をしている?」
 いつもの優しい声が耳元で囁く。
 同時にマントでくるまれる。暖かい腕、暖かい胸。
 冷えた身体を包んでくれる優しさにもたれかかりながら、ため息が出る。
 あれから、私はカイルの正妃になった。
 "一生側室は持たぬ"その言葉どおり現皇帝の妃はただ一人、私だけ・・・・。
「どうした?ため息なんてついて」

「私、残ってよかったのかなあって。」

「・・・・・・・・帰りたかった・か?」
 腕に力が込められる。

「ううん、そうじゃなくて。私が正妃になったためにカイルが苦労しているから」
 カイルは何も言わないけれど、私を廃位してしまいたいと思っている人たちがいることを知っている。
 私に、実家の強力な後見があれば問題にもならないことが、カイルの負担になっている。
「お前がいなければ私はどうなっていたか。」
 雪を見つめながらカイルがつぶやく。
「どこかの国の王女か皇族の姫を正妃に迎えていたでしょう?」
 嫌みではない。
 正妃を迎え次代の後継者をもうけることも、皇帝の地位にある者に課せられた義務の一つだから・・・・
「そして、自分の心を偽って一生を過ごすのか?」
 カイルの言葉に記憶が蘇った。

 ”たった一人欲しいと思った女性が手に入らなかったら誰と結婚しても同じさ”

 あれは、ザナンザ皇子の言葉だった。
 私は、ザナンザ皇子の気持ちに応えられなかった。
 だって、カイルが好きだったから。自分のものにならないとあきらめていても、それでもカイルの側にいたかったから。


「寒いな、部屋に戻ろう。」
 カイルに抱き寄せられながら部屋へ戻る。寝台はもう冷たくなりかけていたけれど、カイルと一緒なら平気。
 カイルの身体にすり寄って暖かさを堪能する。
 カイルが私の髪に触れているのを感じながら、再び眠っていた。

 夢の中でも、雪が降っている。
 これは、私のいろいろな想いだ。
 あのまま二度と会えなくなってしまった、日本の家族・私のために命を落とした、ルサファ、ウルスラ、ティト、今も砂漠に眠るザナンザ皇子。
 普段は忙しさに紛れていても、この季節になるといつも思い出す。
 そして、心に雪が積もっていく。


 次に眼を醒ましたのは、デイルとピアのはしゃぎ声のせいだった。
 カイルもいない。慌てて起き出すと、後宮の中庭に3人はいた。

「あっ、かあ様。ねぼすけだね。」

「かあしゃま、みてみて、雪だるましゃん。」
 明け方に見た雪景色が嘘のように、中庭は変貌を遂げていた。

 たくさんの雪だるまが並んでいる。その中で子ども達は頬と手を真っ赤にしてはしゃいでいた。
 カイルが一番大きな雪だるまの頭を乗せようとしている。

「雪だるまを作っている皇帝なんて、見たことないよ。」
 そう言いながら、幸せだなとつくづく感じる。
 数時間前の物思いが嘘のようだ。

 いきなり、カイルが抱きついてくる。
「カ、カイル冷たいよ」

「何言ってんだ。さっきは暖めてやっただろう。今度は暖めてもらいたいな。」

「ピアも」
「デイルも」
「ちょ、ちょっとやめてよー。湯殿の用意がしてあるからそこで暖まってきてよー」
「じゃあ、お前も一緒においで」
「かあしゃま、早く早く」
 ああ、逃げられそうもない。
「陛下、雪の被害が出たと報告が参っております。至急お出ましを。」

 イル・バーニの声だ。
 カイルは残念そうにこちらをみると、着替えのために自分の部屋へ向かった。
 やれやれ

 その夜、カイルはなかなか戻って来なかった。かなり被害が出ているらしい。
 先に休むようにと連絡が届いた。
 一人で眠る寝台は雪が積もっているようだ。寒い。
 明け方近く寝台のきしむ音がする。薄目を開けるとカイルの姿があった。

「起こしてしまったか?」
 それには、答えずカイルの腕の中に滑り込む。
「冷たいぞ。」
「いいの、暖めてあげる」
「本当に?」
 その声の中になにか危険な響きを感じて思わず抜け出そうとしたが、すでに手遅れだった。
「こら、逃げるな。今暖めてくれるといったばかりだろう?」

「言ったけど、ちょ、ちょっと待ってそんなつもりじゃ・・・・」
「じゃあ、どんなつもりだったんだ?」
「あ、あの疲れているでしょ。だから、ね」

「大丈夫さ、これくらい」
 そういうと、カイルは私に覆い被さってきた。
「ダメ」
 と言う言葉はカイルの唇にふさがれてのどの奥から出てくることはなかった。

 カイルに何もかも委ねている自分がここにいる。
「愛しているよ。」
 遠くでカイルの声がする。身体だけでなく、心も満たされていく。



 心の雪が溶けていく・・・・・・
 カイルが、私を必要としてくれたから、私は今ここで生きているの。
 そして、これからも生きていく・・・・・・









※※※※※※ ※※※※※※ ※※※※※※ ※※※※※※ ※※※※



 毎年初めてハットウサに雪が積もると、お前はいつも遠くを見ている。

 その横顔は、このまま消えてしまうのかと思うほど儚い。
 お前が何を思っているのか。
 だいたいの想像はつくが・・・・・・・・・・聞いてもいつも答えてはくれない。
 かえってくるのは微笑みだけ・・・


 腕の中で眠るお前の胸元に私のものだと痕をつける。
 明日になってこれを見つけたらお前は怒るのだろうか。
 そんなことを思いながらいつもよりきつく抱きしめて眠る。
 朝、私が目覚めるまでこの腕の中から出てゆくのは許さない。

     

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