SNOW MAIL



「これと・・・そうだ、それもね」
 扉を開けようとして、カイルは足を止めた。
 わずかに開いたそこからは、部屋の中の様子が見て取れる。
 ふんわりと積み上げた何枚もの毛皮の間に埋もれるようにユーリが座り込んでいる。
 編み上げずに自然におろした黒い髪が肩のあたりで揺れている。
 頬をかすかに上気させて、ユーリは首をかしげる。
「あ、それからあたしの編んだ手袋も・・・」
「こちらですね」
 女官が赤いミトンを取りあげる。
「そう、それ。それと・・・」
「いったい、なんの騒ぎだ?」
 扉を押し開けたカイルに、室内の女官たちが慌てて平伏する。
 シンプルな毛織物の部屋着を着ただけのユーリは銀狐の毛皮を手にしたまま笑顔を浮かべた。
「荷造りしてたの」
 ユーリのまわりの毛皮は北方から貢ぎ物として送られてきたものだった。
 毎年カイルは、一番美しい毛並みのものを選んでユーリの外套を作らせる。
 時と場所をあまり気にせずに飛び回る皇妃をすっぽりと包み込むために。
「そろそろ寒いから」
 カイルはユーリの前に膝をつくと、最上級の銀狐をとりあげる。
「これはおまえに似合うと思うがな」
 言いながら、滑らかな毛皮をユーリに巻き付ける。
 銀の毛並みに縁取られて象牙の肌が薔薇色に染まる。
「おまえの他にこれにふさわしい者はいないはずだ」
「でも」
 ユーリの手がカイルの手に重ねられる。
 真剣な黒い瞳が見上げる。
「マリエにだって似合うと思うのよ?」
「マリエか・・・」
 目線で合図すると、女官たちが衣擦れの音をさせて退出していく。
 カイルは腕を伸ばしてユーリを抱き寄せた。
 あっさりと腕の中に収まった身体は、思いのほか薄着であることを知らせる。
「マリエが寒い思いをしないように?」
「だって、初めての土地だもん」
 開けられたままの木箱の中には、色とりどりの織物や布が詰められている。
 いくつかはユーリが刺繍を施したものだろう。
 マリエと向かい合って、針を遣っていた姿を思い出す。
 春が近づいた頃には、王宮内の女官たちもこぞって針仕事に精を出していたのだった。
 あの成果は全部でどれくらいの荷物になったのだろう。
 城門を出てもなおいつまでも続いていた行列の記憶は今も鮮明だった。
「マリエに送るのはいいがな」
 胸にことんと預けられた頭を撫でる。
 こうやって、おとなしく腕の中にいるユーリは途方に暮れた小鳥を連想させる。
「あれは寒い思いはしていないぞ?」
 指に柔らかい黒髪は、幼かった娘の記憶に繋がっている。
 ふわふわとした黒髪を結うことを嫌がって逃げ回った娘。
 その黒髪に宝冠を飾り、あの日、優雅に裾をつまんで貴婦人の挨拶をした娘。
 誇らしいのと同時の、喪失感。
 カイルはユーリにまわした腕に力を込めた。
「おまえが寒い思いをしていないのと同じでな」
 カイルがユーリにそうするように、マリエにも彼女に外套を巻きつける腕がある。
 お転婆な妻が凍えないように、外套を拡げる夫。
 彼もまた、カイルと同じように、妻を抱きしめるのだろう。
「分かってるよ・・・」
 小さな声のこめかみに口づける。
「暖かくなったら、一度訪ねていこうか?」
 腕の中で丸まった身体を抱きしめてささやく。
「・・・うん」
 カイルはふと窓の外に視線を移した。
 ちらりちらりと舞い始めるものがある。
 カイルの視線を追っていたユーリの瞳が輝く。
「・・・雪だね」
 窓を閉めるかわりに、カイルはユーリをさらに厳重にくるみこむ。
 ユーリが小さく笑ってカイルの腕に頬を押しつけた。
 きっと若い二人もこうやって身を寄せ合うのだろう。




「マリエのところにも降ってるかなあ」
「どうだろうな」


                     おわり

           

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