おやじ−エピソード1



 積年の恨み・・・ではなくて、恋というモノがある。
 長い間、想いつづけてやっと叶った恋。
 苦節○年、私はようやく手に入れたのだ。

「なあに、カイル・・・機嫌が良いね」
 ユーリがくすぐったそうに笑いながら寝返りを打った。
 弄んでいた髪が指からすり抜けて、かわりに私は細い肩を抱き寄せる。
「機嫌も良くなるだろう?」
 シーツに埋めた顔に頬を寄せる。
「今の私のような境遇になれば、誰だって鼻歌の一つも出るさ」
 今の私の境遇とは。
 まず、新婚さん。
 なにしろ、昨日結婚式を挙げたばっかり。
 『じゃすた・まりっじ!』だ。
 なんでもユーリの国では、新婚さんは馬の首にこう書いた札をぶら下げるんだそうな(とりあえず、馬みたいなもんかな?と言っていた)。
 明日になったら、国中の馬に札を下げるようにふれを出さなければ。
 それから、『お父さん』になった。
 ユーリの腹の中には私の子どもがいる。
 思い当たるフシは一杯ありすぎて分からないが・・・毎晩情熱的だったしな。
 とにかく、人生の最大の慶事がいっぺんに私の元にやってきた。
 ユーリは私の頬にほおずりしながら、かわいい声でささやく。
「・・・あたし、こんなに幸せでいいのかな?」
「いいに決まっているだろう?」
「ふふっ、あたしほど幸せな人間っていないよね」
 それは違うぞ、ユーリ!
 世界で一番幸せ者とは、この私のことだ!
 私の気持ちを知って知らずか、ユーリは話し続ける。
「赤ちゃん、元気に生まれるといいな・・・ううん、生んでみせる。
カイルに似てるかな?それともあたしに似てるかな?女の子かな、男の子かな?」
「どっちでもいいさ」
 私はユーリの腹部に手を添えた。
 真っ平らなままだが、この中には私の子どもがいるのだ。
 男でも女でもいいが、もし男だったら皇太子だ。
 いや、女だとしても婿をとれば・・・。
 そこまで考えて、私の顔は強張った。
 婿、だと?
 まだ生まれてもいないのに、ヨソの男に娘を取られるのか?
「ねぇ、カイル?」
 ユーリは不思議そうに黙り込んだ私の顔を眺めた。
 私は無理矢理笑顔を作ると、できるだけ穏やかな声で言った。
「ユーリ、子どもはどっちだと思う?」
「え?分かんないよ、まだ」
「しかし、昔から顔つきがきつくなれば男だとか言うじゃないか」
 私はユーリの顔に変化はないか観察した。
 相変わらずすべすべの肌に、ほんのり頬に薔薇色が差している。
 磨き抜かれた黒曜石のような瞳にはつややかな睫毛が影を落とす。
 柔らかい髪は漆黒で、ところどころで光を弾いている。
 ・・・かわいい・・・
 思わず襲いかかりたくなる衝動をかろうじて抑える。
 なにしろユーリは妊婦で、無理をさせてはいけないのだ。
 しかし、問題は・・・こんなにかわいい顔をしているということは『男』である可能性は低いのではないか?
 どっちかというと、『女』である確率の方が・・・
「そんなに急がなくても、生まれれば分かるよ」
 言うと、ユーリは私の腕に縋った。
 柔らかな胸が押しつけられる。
「でもね、あたし女兄弟ばっかりだったし、女の子だと楽しみ」
 そしてくすくす含み笑いをする。
「あたしもそうだったけど、女の子って母親とすごく仲良くなれるじゃない?
パパには言えない内緒の話とかしたりして」
「内緒、だと?」
 私は乾いた声で繰り返した。
「そう、好きな人のこととか・・・」
 好きな人、だと!?
 そ、それはつまり私に内緒で他の男の元に嫁ごうと言うのか!?
「恋愛の悩みなんて相談したりしてね」
 私と目が合うと、ユーリは花のような笑顔を浮かべた。
 私は笑うどころではなかった。
 生まれてくる娘は、ユーリと同じように笑うだろう。
 気だては良くて、もちろん器量よしだ。
 ユーリとそっくりの黒い髪に黒い瞳かも知れない。
 少々お転婆だったりして、私はいつだって怪我をしないかはらはらしているはずだ。
 そして、幼いあいだは私の膝に登りたがるだろう。
『とうしゃま、だぁい好き!』
 そんな口癖もあるかもしれない。
 その娘が!私に!内緒で!他の男と!
 私は口元をきりりとひき結んだ。
 そんなことは許すわけにはいかない。
 ヒッタイトの皇女が皇帝の認めない相手と結婚するなど。
 しかし、無理に禁じれば駆け落ちをやらかすかもしれない。
 なにしろ、行動力のありすぎるユーリの血を引いているのだ。
 なにがなんでも阻止しなければ。
 私は腕の中のユーリを強く抱きしめた。
 そうなる前に打つべき手はなんだろう。
「・・・カイルは、どう思う?」
 あいかわらず喋り続けていたユーリが、なにやら訊ねた。
 もうすぐ母親になるというのに、このあどけなさはなんだろう。
 いつまでたってもかわいいユーリ。
 このユーリを手に入れるために私はどんなに苦労したことか。
 そのユーリのそっくりの娘を、他の男があっさり手に入れることなど許せない。
「さあ、どうかな」
 上の空で相づちを打ちながら、私は決意した。
 とりあえず、娘の周囲から男を遠ざけよう。
 出会いがなければ悲劇の起こる確率は下がるのだ。
「うふふ、楽しみだね」
「そうだな、楽しみだな」
 ユーリにより添いながら、私は今後の計画のために頭を働かせた。

 苦節○年。
 絶対に譲るものか。

                             おわり

         

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