還元



「あっ、おじちゃま〜〜」
 甲高い叫び声に、サイボーグ・ザナンザは振り向いた。
 皇帝一家の居間に使われている一室の前で小さな姿が飛び跳ねている。
 たちまちのうちに相好を崩すと、サイボーグ・ザナンザは甥っ子に歩み寄った。
「久しぶりですね、ピア」
「おかえりなさい、おじちゃま!」
 飛びついたピア皇子は期待に瞳を輝かせて訊ねた。
「おじちゃま、また、ばーじょんあっぷしたの?」
 メンテナンスのたびに新しい機能が増えるサイボーグ・ザナンザに、こんどはどのようなことが出来るようになったのだろうかと一刻も早く知りたいようだった。
「ええ、新しい機能をつけていただきましたよ」
「へえ、それってどんなの?」
 戸口から顔を出したデイル皇子も興味津々な顔だ。
「デイルったら、それより先に言うことがあるでしょう?」
 ひょっこりと顔を出した皇妃がサイボーグ・ザナンザを見て微笑んだ。
「お帰りなさい、ザナンザ皇子!クリスマス・パーティに間に合って良かったわ!」
 居間の中程には大きなツリーが飾られている。
 メンテナンスを受けた後、死神博士が早く帰るように促した理由をサイボーグ・ザナンザは初めて知った。
 クリスマスじゃからな、と博士は言ったのだった。
 クリスマスがどのようなものかは知らないが、家族で揃って祝う行事らしい。
「おかえりなさい、おじさま」
「ただいま戻りましたよ」
 身体をかがめると、博士から託された赤や青のねじり飴が入った袋を差し出す。
「うわ〜い、ありがとう!」
「よく戻ったな、ザナンザ」
 部屋の中央で皇帝が幼い娘を膝に話しかけた。
 その表情に瞬間、微妙なモノを感じながらも、サイボーグ・ザナンザは甥っ子二人をぶら下げて示された席に腰を落ち着けた。
「ただいまもどりました、皇帝陛下」
「ああ、嬉しいよ」
「うふふ、これからパーティだったのよ!」
 皇妃がはしゃぎながら軽い足取りで隣室に消える。
 床の上には幾皿ものご馳走が並べられている。本当にクリスマス・パーティは今まさに始まろうとしていたところらしい。
「ねえ、おじさま、どんな機能が付いたの?」
「おしえて!」
 膝や肩によじ登る小さな身体を滑り落ちないように支えながら、サイボーグ・ザナンザは自分の口を指した。
「これからはエコロジーがキーワードだと教えて頂いたので、コンポスト機能をつけました」
「こんぽすと?」
「ええ、ここから残り物を投入すると・・」
「おじちゃま、ごはんが食べられるの!?」
 ピア皇子が驚いて声を上げた。
 今まで、サイボーグ・ザナンザには故障の原因になるので食べ物をあげてはいけないと両親に言い聞かされていたからだった。
「いえ、そういうわけでは」
「食べられるんだな!?」
 突然、皇帝が身体を乗り出した。その目は妙に血走っている。
「食べるのではなくて」
「口から物が入れられるんだな?」
 有無を言わせない勢いだった。
 こんなに我を見失った兄上を見たのはいつのことだっただろう?
 サイボーグ・ザナンザはすり切れかけた記憶の断片を引きだそうと試みた。
 試みる先から強く腕を掴まれる。
「よくやった、ザナンザ!」
「・・・はあ・・・」
 なにがなんだか分からないままに頷くしかない。
 食べるのではなくて残飯を分解するために投入するのだが。
「良かったぁ!あのね、今年はかあさまがクリスマスケーキを作ったんだよ!」
「おじちゃまもいっしょに食べられるねっ!」
 はしゃぐ子ども達の前で皇帝だけがなにごとかぶつぶつつぶやいている。
「そうだ、頭数は一人でも多い方が・・・個々のノルマが・・・」
「あの・・・陛下?」
 サイボーグ・ザナンザは言おうか言おうまいか少し躊躇したのち、ようやく口にした。
「しかし、この機能は食事をするためのものではなくて・・・味覚もありませんし・・・」
 せっかくの皇妃の心づくしのケーキを無駄にすることにはなりはすまいか。
「味覚がない、だと?」
 ぴくりと皇帝の眉が動く。
「はい?」
「なんとも・・・幸せなものだな」
「・・・・はぁ?」
 なにかを訊ねようとしたサイボーグ・ザナンザの耳にはしゃいだ声が聞こえた。
「ぱんぱかぱ〜〜ん!お待たせしました!かあさま特製のクリスマスケーキですよぉっ!」
「わ〜〜いっ!」
「ばんじゃ〜いっ!」
 生まれて初めて目にするクリスマスケーキという白くていびつな固まりが、皇妃の捧げ持つ盆の上で巨大に盛り上がっていた。
 皇帝の顔から一瞬表情が抜け落ち、次の瞬間、満面の笑顔に変わるのをサイボーグ・ザナンザは見た。
「あのね、かあしゃま!おじちゃまもケーキたべるの!」
「新機能なんだよ!」
「まあ、ホント?嬉しいわ、ザナンザ皇子!今年初めて作ったんだけどね・・・」
 皇妃が頬を染めながらケーキにナイフを入れる。
 ぎしぎしと音を立てるそれを見ながら、クリスマスケーキとは随分固いものなのだな、と、のんびりと考えるサイボーグ・ザナンザだった。

     

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