【侵食】
                               byひねもすさん


いつものように、カイルはあたしを抱き上げて、寝台へと運んでくれた。
「カイル・・・・今日は寒いね」
寝台の中、あたしは、上目づかいでカイルを見つめ、呟くように言った。
「もう一枚、かけるものを用意させようか?」
カイルはそう言った。あたしの聞きたかった答えじゃなかった。
「ううん、大丈夫。あたし寝相が悪いから・・」
カイルは少し微笑み、あたしに寄り添い囁いた。
「大丈夫、落ちないように見ているよ」
あたし達は、そのまま静かに眠りに落ちた。


夢を見た。

彼は、あたしを抱きに来た。
彼の腕は荒々しくあたしの体をつつみ、服を引きはがし、激しく、拒むことなどできない力であたしを征服していった。
彼の体の重みが体の自由を奪い、苦しむあたしを見つめる彼の瞳に愛を探す。
でも、探そうとしたけれど、彼の汗と乳香の香りの合間から、他の女の香りを感じる
と、彼の瞳をそれ以上、見つめることはできなかった。
苦い思いがこみ上げて、口の中から汚物のように溢れる。
自分の体が汚物にまみれてゆく。
そんな夢を見た。


目覚めれば、優しい琥珀色の瞳が真っ先に飛び込む。
あたしを見つめる瞳に愛を感じ、探す必要などないほどに愛されていることが分る。
なのに、ハットゥサの夜の暗闇は、あたしにもう一人のカイルを見せた。
あたし以外の女をも愛するカイルを。
絶えられない夢を、見せつける。


皇帝の座の周りには、多くの寵姫達が、その身を投げ出している。
嫉妬の炎が宿る瞳。諦めに満ちた虚無の瞳。野心を潜ませた瞳。そんな瞳が彼を取り巻き挑発した。
あたしは、正妃の座から彼に微笑み、今宵選ばれる女は誰かを考えている。
あたしの前に彼が抱く女は、誰かしら・・・。
彼は、必ずあたしの部屋へ戻ってくる。
他の女との情事の後であろうとも、あたしを抱いてから眠りについた。
それが彼が示す正妃への愛なのだ。
夢のあたしは、嫉妬の心を噛み殺し正妃の誇りにすがっていた。

夢は、どんどん深くなる。
眠りたくない・・・・・・。

なのに最近、あたしは寝台の中で過ごす時間が長くなった。
眠ってばかりいるが、心は休まらない。
夢があたしを侵食してゆく。

どちらが本当のカイルなのか?
あたしは、夢の中のカイルと過ごす時間が長くなってきた。
もしかしたら、愛に満ちた瞳で優しく微笑むカイルはあたしの作り物なのかもしれな
い。皇帝ならば、側室がいるのはあたりまえ。
あたしだけを愛するカイルは、あたしが自分で見せた悲しい夢なのかもしれない。
あたしが望んだ夢の人なのかもしれない。
ならば、この夢が覚めて欲しくない・・・。


寝台の中、今日も眠りにつこうとしている。
でも、紡ぐ言葉からも愛が溢れる今のカイルは、夢の中の人なのかもしれない。
これから現実に引き戻されるのだろうか・・・。
睡魔が、あたしの意識に触れようとした。もう一つの世界へと誘おうとした、その時、カイルがあたしにそっと囁いた。

「もう、理性も限界だな・・・。」
カイルはそう言うと、あたしの膨らんだ腹部へと手をあて、頬に口付けをした。
「侍医にも確認した。もう、大丈夫だ。ユーリ・・・」
乳香の香りがあたしを包み、カイル唇はあたしの唇に重なった。
「ユーリ?」
何も言わないあたしを見て、カイルは不安そうな顔をした。
「無理はさせない。約束するよ」
カイルの指先から伝わる愛は、あたしの肌を覆い上気させていった。
あたしは、カイルの指に自分の指を絡ませた。
「愛してるよ・・・。ずっと。」
頬に、唇に、胸に、カイルの愛を受け、その重みをほんの少し感じながら、あたしは
カイルの愛で満たされた。

現実は、ここにある。
あたしは、もう悪夢は見ない。
 
                    (終わり)

     

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