Little Knight
中庭に降りる階段に足をおろしたまま、カイルは立ち止まった。
本来の昼食を始める時間はとうに過ぎている。
カイルが家族で過ごすと決めたこの時間に遅れてしまうことはしばしばあった。
我慢強くほかほか湯気を上げた焼きたてのパンや盛りつけられた果物に手を伸ばさずに待っていた子ども達は、カイルの足音を聞きつけると一目散に駆け寄ってくる。
「父さま、来た!」
「早く早く!」
小さな手がカイルの指を掴んで中庭にしつらえた昼食の席まで引っぱってゆく。
カイルは小さな息子たちの胴に腕をまわすと肩の上にかつぎあげる。
きゃあきゃあはしゃぐ子ども達といっしょに敷物に腰を下ろしながら、先に戻っていたユーリに微笑みかける。
「すまなかったな、遅れて」
「いいの」
ユーリはにっこりと笑う。
「デイルもピアも『父さまと一緒じゃないと食べない』って言うんだもん」
それから首をかしげる。
「なにか、難しいことがあるの?」
午前中かかりきりだった政務への気遣いだ。
「いいや、たいしたことはないさ」
父親の背中から滑り落ちないようにしがみついている子ども達を膝におろす。
「さあ、食べようか」
いつもなら飛びついてくるはずの小さな姿は見えない。
ユーリは一足先に後宮に向かったはずだった。
話し声が聞こえないのはなぜなのだろう。
ちょうど大人の背丈ほどの木立がある。
夏のさなかには心地の良い木陰を作り、春には甘い香りの花を咲かせる。
秋には小さな実を輝かせるその木をカイルは迂回する。
柔らかな下生えの上に敷物が拡げられている。
準備された昼食の皿が並べられ、愛する家族の姿が見える。
カイルはわずかに目を見開いた。
積み重ねられたクッションにもたれかかるようにして、ユーリが眠っている。
待ちくたびれたのだろうか。
カイルを驚かせたのは、その前にきっちり膝を揃えて座る二人の息子の姿だった。
「いったい・・」
振り向いたデイルとピアはいっせいに人差し指を唇の前に持っていった。
「し〜〜〜っ!」
まるでユーリの眠りを覚ますなというように。
「どうしたんだ?」
カイルは思わず声を潜める。
「母さま、寝てるの」
「寝てるの」
デイルとピアは頬を輝かせて胸を張る。
「赤ちゃんがいると眠くなるんだよ」
「そうだよ」
ハディからでも聞いたのだろうか。
そのハディの姿は見えない。
ユーリの上に掛けられた毛布を見てカイルは推察した。
ここまま眠らせておくのが良いと二人に教えたのだろう。
「そうか、母さまは眠ってしまったのか」
まだそんなに腹部は目立っていないとはいえ、ユーリの負担を減らそうとはしている。
カイルの勧めにがんとして、まだ動けると首を縦に振らないのはユーリだった。
「母さまが寝てるのは、赤ちゃんが寝てるからだよ」
小声で耳打ちする息子の髪をかき回すと、カイルはうなずいた。
「よく知ってるな、それで母さまを起こさないようにしているんだな」
「違うよ」
ピアが小さな拳を作って自分の胸を叩いた。
「ピアは見張ってるの」
デイルも真剣な顔で頷く。
「ぼくたちは母さまを護衛してたの。だって、大切にしないといけないんでしょ?」
「赤ちゃんがいるから」
二人の言葉に、カイルは思い出す。
ユーリの懐妊が知れた時、息子たちを呼んで言い聞かせたのだった。
母さまはお腹に赤ちゃんがいるから大切にしないといけない。
お前たちも気をつけて赤ちゃんを守ってあげるんだよ。
思わず微笑んでカイルは二人をふたたび抱きしめた。
「そうか、偉いぞ。私は頼もしい近衛隊員を持ったものだな」
頬ずりされてくすぐったそうに子ども達が身をよじる。
普段なら上がるはしゃぎ声も今日はくぐもったままだった。
「母さまは父さまがベッドに運ぼう。今日は父さまとだけお昼ご飯を食べようか?」
「うん!」
寝台におろした時にようやく目を覚ましたユーリの額にキスを一つと、このまま休むようにの言葉を残してカイルがふたたび中庭に戻った時、目にしたのは抱き合うようにして丸まったまま眠り込んだ子ども達の姿だった。
「お腹が空いていたんじゃないのか?」
黒い髪と亜麻色の髪に指をからめる。
親指を口にしたピアの頬をつつく。
「父さまはお腹がぺこぺこだよ」
「・・・う・・・ん」
仕方がないか、と苦笑する。
史上最年少の近衛隊員たちは護衛任務の緊張でくたびれたのだろう。
木陰にいるハディに目配せをすると、先ほどまでユーリがしがみついていたクッションを息子の頭の下にあてがった。
「遅れてきたら、置いてきぼりか」
ほんの少し淋しげに口にしてみる。
二つのすやすやという寝息がそれに答えた。
おわり
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