綾女桜さん、奥にて45000番のキリ番ゲットのリクエストは14巻のあたりの側近のお話。やっぱり、これかな?


扉のこちら



「すぐに荷を解き、休ませるがよい。おって陛下よりねぎらいの言葉もあるだろう」
 引率してきた随員たちにそう命じると、私はハレブ王宮に踏み込んだ。
 今回のエジプト戦の勝利は大きい。
 盛大な戦勝の宴が開かれているはずだ。
 また、ユーリさまが戻られたことで陛下のお喜びようもひとしおであろう。
 いまごろはやに下がったお顔で、ワインを召し上がっておられる頃かも知れない。
 ところが、出迎えた侍従は頭を下げるなり言った。
「お疲れでしょう、お部屋を用意しております」
 本来ならば広間に通され、陛下に到着の報告をするところだ。
「今宵は祝いの宴が開かれているのではないのか?」
「開かれましたが、すでに終わりました」
 なに?
 私は不安になった。
 もしや、陛下は宴が負担なほどお体の調子がよろしくないのか?
 そういえば、宮殿の中はこころなしかひっそりとしている。
「陛下になにか・・・」
 そう口を開きかけた時だった。回廊の向こうからゆっくりと近づいてくる姿が見えた。
 ときどき華やかな笑い声が上がる。
 ハレブ知事を務めておられる陛下の兄上、テリピヌ殿下とそのお妃方ではないか。
 私は頭を下げた。
 にこやかに談笑しておられた殿下は私に気づくと足を止められた。
「これはイル・バーニではないか。もう到着したのかね」
「はっ、先ほど後続部隊とともに参りました」
「それは良かった。陛下もあなたは夜半には着くだろうと仰せだった」
「急いで来られたのでしょうけど、少し遅かったようですわ、イル・バーニ」
 御正妃が言われる。
「そうだね、せっかくの戦勝祝いの宴だったのに」
 殿下が言うと、お妃方の間から含み笑いが漏れた。
 女性というモノはときどき不可解な笑い方をする。
「陛下はもう休まれたようだよ」
 そう殿下がおっしゃると、賑やかに声が上がった。
 私は、はっとした。
 この、殿下方のどことなく鼻の下の伸びたようなお顔!
 そういえば、ユーリさまはこの国に残られる決意で陛下の元に向かわれたのだった。
 つまり!
 この好機を陛下が逃すはずもない。
「では、私も少々疲れておりますのでこれにて」
 殿下に頭を下げると、出来る限りの大股でその場を歩み去る。
 姿の見えなくなる角を曲がると、走り出した。
 私が走る姿など、誰も見たことがないだろう。
 実は走るのが苦手だからだ。現に脇腹が痛み始めた。
 いや、そんなことはどうでもいい。私は後宮最深部に用意された陛下の御寝所を目指した。
 そうだ、確かめなければ。帝国の将来に関わることだ。
 廊下に立つ衛兵が驚いていたが、私は息を切らしたまま訊ねた。
「陛下はお休みか?」
「は、はいっ!」
 そうか、お休みなのか。私は鷹揚に頷くと、控え室の扉を押した。
 ゼーハー言っているので、あまり鷹揚に見えなかったかも知れないが。
 一斉に4つの顔が振り向いた。
 三姉妹とキックリは寝所の扉に張りつきながら、なぜか泣いていた。
 私はしばし戸口で立ち止まった。
「イル・バーニさまっ!」
 だらだらと涙を垂らしながら、キックリが這ってくる。
 ううっ、そんな顔で近づくな!
 キックリは私の服の裾を掴むと、泣きながら言った。
「陛下が、ただいまユーリさまとっ!」
 ユーリさまとなにが?いや、アレしかあるまい。
「・・・今、なのか?」
「いえ、もう少し前です」
 ハディが目元をぬぐいながら訂正する。
 武勇でならした三姉妹が揃って泣いているとなんだか迫力がある。
「お残りになる決心をされたんですもの」
「本当に良かった」
「この日をどんなに夢見ていたか」
 感極まったのか、三人の目からまたしても涙があふれる。
 泣くほどのことなのか?
 しかし、ずっとおそばに使えていた三人だからこそ感慨もひとしおなのかも。
 ああ、本当に。私も思わず目頭が熱くなった。
 ユーリさまが陛下のおそばにおられるということは、我々の夢だった。
「ほらっ!姉さん!」
 双子の片割れが扉に耳をつけたまま小声で叫んだ。
 とたんに扉に張りつく、あと二人。
「まあ・・・ユーリさまったら」
「ふふふ・・・陛下も」
 なんだ?なんなんだ?何が起こっているのだ?
 しかし三姉妹は目をランランと輝かせたまま扉の向こうに意識を集中している。
 私はすがりついたままのキックリを見下ろした。
 キックリは鼻をすすり上げながら何度も頷く。
「イル・バーニさま、こう言ってはなんですが、私は危惧しておりました」
 しんみりとした言葉に、私も床の上に腰を下ろした。
 幼い頃から陛下に仕えてきたもの同士だ。語るべき事もあろう。
「何を危惧していたのだ?」
「ユーリさまがいらっしゃってから、カイルさまは女遊びをふっつりやめてしまわれました」
 確かにそうだった。私は思いだして頷いた。
 それ以前の陛下の浮き名の流しようと言ったら、いくら『正妃にふさわしい女を捜している』と申し開きされたところで単なるスキモノにしか見えなかった。
「最初は新しいご側室に入れ込んでいるからか・・と思っていたのですが、そのユーリさま相手にもコトがなかったと聞いて」
 キックリは恐ろしそうに肩をすくめた。
「もしかしてカイルさまはもう・・・などと疑っていたのです」
「考えすぎだ、キックリ」
 たとえ生まれつきのスキモノであろうとも、陛下の知性は完全に指揮下に置くことが出来るのだ・・・オノレの下半身を。
「そうですね、なのに私はカイルさまの御身を案じるあまり、ついあんなことを」
「・・・どんなことだ?」
 なにやら不安に苛まれながら私は訊ねた。
「たまにですが、召し上がるワインにちょっと混ぜてみたのです」
 キックリが私の耳に口を寄せて声を潜めた。
「エジプト伝来のその気になる薬です」
 ・・・おいっ!?
「効き目抜群という触れ込みだったのに、効果がなくて」
 ああ、陛下・・・。
 私は陛下のお心(いや、身体か?)を思いやって目を閉じた。
 お辛かったでしょう。
 というか、なにをやっているのだ、この側近はっ!
「でも、良かったなあ、陛下もダメになったわけじゃなくて!」
 朗らかに言うキックリを置いて私は立ち上がった。
 頭痛がする。
 扉にくっついたままハンカチを噛みしめている三姉妹に近づく。
 私に気づくと慌てて顔を離した。
「イル・バーニ様も聞かれますか?」
「いや・・・いい・・・」
 とりあえず、見届け・・いや、聞き届けたのだからその必要はない。
 ハディがふたたび涙ぐみながら言う。
「でも、本当に良かった。ユーリさまが望まれることを、と一度はハットウサにご一緒しようとは思いましたが、心苦しくて」
 そうだ、あの時はお引き留めしないハディを恨んだものだ。
「ウルスラにどう詫びればいいのかと」
「これであのウルスラもうかばれます」
「ウルスラか」
 そう、ウルスラはユーリさまを守るために命を投げだしたのだった。
 彼女の最後の言葉が耳に浮かぶ。
「ウルスラはユーリさまが陛下とエッチするのを心から願っていました」
「・・・」
 ・・・違うだろう、ハディ?
 ウルスラはユーリさまがタワナアンナになることを望んだのであって。
「そうよね、姉さん!」
「ウルスラも天国で喜んでいるわ!」
 そこで真剣に同意するな。
「ウルスラったら、ワインに媚薬を混ぜようとか言うんだもん」
「やりすぎよねえ?」
 ・・・実はキックリが試したそうだが。
「私たちはせいぜい『元気になる食べ物』を毎日出していただけなのにねぇ?」
「それと、ユーリさまの夜着をわざと透ける素材にしたり、ね?」
 三姉妹の言葉を聞きながら、私はこめかみが疼くのに耐えた。
 閉ざされたままの寝所の扉を眺める。
 陛下、今の今までよく我慢されました。
 どうぞ、ご存分に。
 明日一日寝所に籠もられたとしても、私は許しましょう。
「イル・バーニさま?」
「さて、我々も休もうではないか」
 私は名残惜しそうな三姉妹を促した。
「明日の朝・・いや、場合によっては夕方かもしれないが、陛下のお顔が見ものだ」
「まあ、イル・バーニさまったら」
 立ち上がったキックリをもせきたてながら控え室を出てゆこうとする。
 ちらりと寝所の扉を振り返り、心の中でつぶやいた。
「陛下、おやすみなさい」
 さて、明日は陛下の代わりに片づけることがたくさんあるな。

      

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