本当に迷惑!

             by 看病屋マリリンさん


 執務室に缶詰になっている僕たちの元に、後宮付きの女官が来たのはつい先ほどのこと。
 何事かと訝しむ僕たちに、
「至急、父上の部屋へ来るように」
という母上からの言葉が伝えられた。
 今、父上の部屋へ行ったら、兄弟で父上の怒りを買うのではないかと思ったが、母上の言葉を無視することはできない。
 取りあえず、イル・バーニの顔色をうかがいながら執務室を出るには出たが、足取りは重かった。

 父上の部屋に近づくにつれ、慌ただしく女官や侍従が走り回っているのが目に入った。
 兄上と顔を見合わせる。
 次の瞬間僕たちは、走り出していた。
 父上に何かあったのか?
「げほっ!、ぐほっ!」
 父上が咳き込んでいるのがわかる。
 そして、
「早く、早く、お医者様を呼んできて」
と涙声で指示している母上の声が聞こえる。

「父上、母上」
 父上の部屋に飛び込んだ僕たち兄弟の目に映ったのは、父上の背中に取りすがっている母上の姿。

 いったい何がどうなっているんだろう?
 駆けつけた医者が父上の手当をする。
 やがて、父上の咳も収まり、飲まされた薬湯のせいかうつらうつらしはじめた。


 医者の説明によれば、たいしたことはないということだった。

「咳がなかなか収まらなかっただけでございます。
しばらくは薬のせいでお眠りになられますが、お目覚めのころにはきっと気分もよくなっておられることでしょう。
ただしばらくは、興奮したりなさらず、安静にされるようにお願いいたします。」
 そう言って、頭を下げると医師は下がっていった。
 母上は心配でたまらないと言った様子で父上を見ている。

 ふと隣を見ると、兄上の顔が段々厳しくなっていく。

 ま、まずい こういう顔をしたときの兄上は・・・・・・・

「さあ母上、いったい何があったのですか?」
 ああ、ヒッタイト帝国の皇妃にこんな口をきけるのは、兄上だけだ。


 やや青ざめ潤む目をしながら、上目づかいにこちらを見る母上。
 膝の上で握りしめた手は微かに震え何とも儚げだ。
 こんな母上を問いつめることは、父上や僕にはとてもできない。

 しかし、兄上はやってのける。さすがヒッタイト帝国の皇太子。


「さあ、母上」
 逃れられないと悟った母上は、ポツリポツリと語り始めた。
「あのね・・・・・・・・食べさせてほしいっていうから、スプーンを口元へ持っていって・・・・
・・・・ちょっと・・・量が・・・あの・・・多かった・・のか・・・急に咳き込みはじめて・・・」
 母上の目に涙が盛り上がる。
「なかなか、咳が止まらなくて・・それで」
 俯く母上の頬を涙が転がり落ちた。


 僕は目眩がした。
 あの騒ぎの原因はそんなことだったのか?
 父上は病気になるたびに母上に食べさせてくれるようにねだる。

 きっと、嬉々として口をあけていたのだろう。
 病人とも思えない食欲をみせて・・・・・

 兄上は堅く目を閉じている。
 こめかみがぴくぴくしているように思うのは、きっと気のせいだろう。(そうであってほしい)

「母上、今日はご自分の部屋でゆっくりおやすみください。父上は薬が効いて眠っておられますから。」
 なにか言いたげに母上は顔をあげたが、
 思い直したのだろう。ゆっくり立ち上がるとそのまま自分の部屋へと消えていった。
 静かだが、反論を許さない兄上の声。
 その声がこんどは僕を捕らえた。
「ピア。」
「は、はい、兄上」
「執務室に戻る。今日は徹夜だ。覚悟しておけ。」
「はい、兄上」
 ああ、この騒ぎさえなければ徹夜する必要はなかっただろうに。
 そんな、心の声を押し殺す。
 ここで、そんなことを言ってみたって何もいいことはない。
 それよりも、兄上がこれ以上怒ったらそのほうがよっぽど怖い。


 執務室に戻るとイル・バーニが待っていた。
 当然のことのように書簡が山のように積み上げられている。
 これは絶対さっきより増えている。
 まったく、兄上の気性をよく把握していることだ。

 兄上は脇目もふらず政務をこなし、書簡の山を減らしていく。

 イル・バーニがそんな兄上を満足げに見つめている。



 こっそりため息をつき、外を見る僕の眼に映るのは、きらきらと輝く白い雪だった。
 昔は、父上や兄上と一緒に雪だるまをたくさん作って母上を驚かせたものだ。
 なのに・・・・・・

 視線を戻せば雪だるまの代りに書簡が眼に入る。
 いったい僕が何をしたというのだろう。

 本当に迷惑だ。


                                  おわり

     

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