あかねさん奥にて1400番げっと!のリクエスト「スタディング」の続き。勉強する前に終わってしまったので、仕切直しの「カイルがユーリに勉強を教わっているところ」です。


プライベート・レッスン


 カイルが、とても真剣な顔をしている。あたしはそのまえで、精一杯の威厳を持って、粘土板に目を走らせる。
 完璧だった。悔しいけど。
「どうだ?」
「・・見事です、カイルくん」
 うなずく。粘土板の上には、ひらがなとカタカナの50音が几帳面に並んでいる。
 さすが、カイル。一度教えただけで覚えて、しかも字が綺麗。
「この、ツとシの区別は難しいんだけどね」
「そうだろうな」
 言うとカイルは新しい粘土板を取り出す。こんなに優秀な生徒ってほかにいるんだろうか。
「つぎは、なにをする?」
「こんどは、漢字を教えます」
 あたしが先生らしい口調をしているのに、カイルがくだけているのはちょっと問題だけど。
「漢字?表意文字か?」
「あ・・そんなもん」
 はっきり言って中学中退のあたしには、表音文字と表意文字がなんだったかよく知らない。一応、高校は受かってたけど。
 分かるのは、ヒッタイトにも漢字に当たる表意文字とかなに当たる表音文字があることくらい。
 この調子でカイルが勉強を続ければ、あたしに教えられることはなくなってしまう。
 もっとしっかり勉強していればよかったな・・。
「じゃあね、まず最初に数字から・・」
 あたしのお手本を見て、カイルが書く。横に楔形文字で解説も加える。どちらの字も整っている。さぞや、将来を嘱望された子供だったんだろうな。
 カイルの真剣な額を見ながら、頬杖をつく。
 カイルはあたしに、いっぱい教えてくれたけど、あたしは教えてあげることが出来ない。 突然カイルがくすりと笑った。
「な、なに?」
「いや、想像したんだ」
 顔をあげたカイルはきらきらした瞳であたしを見た。
「子供ができたら、おまえはこんな風に勉強を見てやるのかな、って」
 子供?
 あたしは赤くなった。そりゃね、もうすぐ結婚式だし、いずれはできるんだろうけど、気が早いよ。
「あたしなんかより、カイルが見てあげたほうがいいよ」
 カイルの方が頭がいいし。あたしは、教えられるほどにはこの国を知らない。
「・・母上に誉めてもらえれば嬉しい、私はそう思う」
 はっとした。カイルのお母さんは早くに亡くなっている。だから、カイルにはお母さんに勉強を見てもらった思い出がないんだ。
「そうだよね、じゃあ、あたしも一所懸命勉強しなきゃ」
 子供が勉強するときには、教えられるように。
 真剣な子供の手元をのぞき込んで、ママがそうしてくれたみたいに、よくできたと頭を撫でてあげる。
 カイルの色の薄い髪がフワリとゆれる。
 そっと手を伸ばして触れてみる。指に柔らかな髪がからんだ。思いきってかき回す。
「うわっ、なんだユーリ!?」
「カイルが良くできるので、誉めてあげてるの」
 立ち上がって机をまわる。カイルの頭を抱え込む。
「本当に、優秀でセンセイは嬉しい」
 ぎゅっと抱きしめれば、カイルも抱き返してくる。
 しばらくそうやって抱き合っていた。
「ところで、センセイ質問です」
 あたしの胸に顔を埋めていたカイルが言った。
「なんですか?」
 カイルはおもむろにペンを取り上げると字を書き込んだ。
「これは、なんと読むのですか?」
「・・」
 それには『大好き』と書かれていた。どうして、こんな字を?
「これは・・・『だいすき』って読むのよ、どこでこれを?」
「なるほど」
 カイルの笑いは、にやり、という音がした。
 さっさと立ち上がり、部屋の隅に行く。あたしの衣装箱に手をかけた。
「・・・なにを?」
 カイルが取りだしたモノを見て、絶句する。カイルの手の中でひらひら揺れていたのは、いつぞやあたしがハディに頼んで縫ってもらったピンクのフリルエプロンだった。
 胸当てには、あたしが下書きした刺繍。
「ここには、『大好きカイル』と書いてあるんですね、センセイ?」
 なんという記憶力!文字だか模様だか知らないこれを、しっかり覚えていたんだ。
 驚いているあたしのそばに戻ってくると、カイルはエプロンを差し出した。
 ものすごく悪戯っぽい目で、ささやく。
「これの意味を知りたいんですが、センセイ?」
 勉強の出来る生徒が、優秀な生徒とは必ずしも限らない。
 はやくも問題児と対峙したあたしは、出来る限りの先生らしい落ち着きを持って応える。
「カイルくんの答えから聞きましょう」
「分かりました」
 言うとカイルはエプロンごとあたしの身体を抱き上げた。


                   おわり      

    

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