愛していると言ってくれ 後編

                            by ハマジさん


 翌朝、朝食時にユーリと顔を合わせたが、ユーリは私のことをまるで無視し、いつも以上にデイルとピアにかまっていた。
 ユーリのあからさまな態度にハディたちもどうしていいものやらまごついていた。
 誤解を解こうと思い近づくと、おもむろに立ち上がり
「さあ、今日は急ぎの政務もないし、お母さんがず〜〜〜〜っと一緒に遊んであげるわ。
デイル、ピア、今日は何しようか?」
と、いやに「お母さん」という台詞を強調しながらデイルとピアの手を取ってスタスタと立ち去ってしまう。
 デイルとピアは思わぬ母からの言葉に興奮し、ユーリに抱きつき、まとわりついて行ってしまった。
 デイルとピアにはあんなに触らせているのに・・・。


「何が間違っていたんだろうか・・・。」
 政務になど当然身が入るはずもなく、とりあえず策士であるイルに言ってみた。
 イルはここのところ整理が進まない書簡を一人で片付けていたため、かなり目が血走っていた。
 家にもほとんど帰っていないらしく、気がつけば昨日と同じ服を着ていた。
 しかし許せ。大事の前の小事だと思って書簡の整理ぐらいは引き受けてくれ。
 書簡よりもユーリが大事なのは当然であろう?
 イルは無言で考え込んでいるようだった。
「・・・・・・私に一つ秘策がございます。
しかし、これは秘策ですのでまことに申し訳ございませんが、いかに陛下であられてもお教えすることは致しかねます。」
 なにっ!!!秘策だと!なぜ早く言わん!!!
「その秘策とは何だ!言え!勅命だ!」
「いいえ、申し訳ございませんが申し上げるわけにはございません。
しかし、必ずや成果をあげてご覧入れます」
 頑なになったイルを懐柔するのは至難の業であるし、私は藁にもすがりたい気持ちであったので、しぶしぶながらイルに任せることにした。
 イルは山のような書簡を私に押し付け、「作戦に移りますので失礼いたします」と言い残し、出て行ってしまった。
 私は手持ち無沙汰となってしまったため、久しぶりに書簡に目を通してイルの帰りを待った。
 ユーリのことを考えると胸が締め付けられるように痛み、呼吸ができなくなるほどであったので、なるべく考えないように書簡に目を通すことに集中した。
 そういえば、もうすぐ新年祭が行われるので各地方から行商人やら見物客やらが押し寄せている時期でもあった。
 どうりで書簡がいつもより多いはずだ。片付けても片付けても終わらない。
 これをイル一人が片付けていたのか・・・。
 いつもなら私とユーリが手分けして書簡の整理も行う。
 あれは珍しい行商人の通関申請を目にするたびに興味を示し、市に下りて行きたがってごねたりしていたな・・・。そのたびに脱走阻止のために緊急配備をしいたりして・・・。
 いかん、ついついユーリのことを思い出してしまう。
 思い出して顔が緩むと同時に現在言い渡されている「オサワリ禁止令」を思い浮かべると気が重く、胃に鈍い痛みを感じてしまう。胃腸薬を煎じさせておこう・・・。

 日も暮れるころ、イルが戻ってきた。
 すっかり片付いた書簡を見て満足そうにしている。
 いつもはすぐに後宮に向かいたがる私を執務室に押し留めることに躍起になるイルは今日ばかりはさっさと私を解放した。
 しかし、私の足取りは重かった。朝のあのユーリの態度を思い出すと胃の痛みと眩暈が止まらなかった。
 のろのろとした足取りで後宮に向かうと、そこにはユーリが薄い陽炎のような美しい衣装に身を包み私を待ち構えていた。
 辺りには子供たちの姿はなく、食事を準備していたはずの女官たちの姿も見えなかった。
「ユーリ・・・いったいどうしたんだ?」
「イルがね、たまにはお二人だけでゆっくりして下さいって言ってくれたから、子供たちはハディに預けたの」
 ユーリは今朝の態度とまるで違い、にこやかに私に話し掛けてくれた。
 それだけで私は天にも上る気持ちだった。
 もう、無理に「愛している」と言わせなくても、この笑顔が見れるだけで十分に幸せを感じることができた。
 恐る恐るユーリに近づき、頬に触れると、ユーリは瞼を伏せ、私の手を取り、自ら頬を摺り寄せてきた。
 私は我慢できなくなり、ユーリを抱きかかえ、深く深く口付けた。
 そのまま寝所に向かいたいところだったが、とりあえず食事をしようとユーリが言ったのでしぶしぶ座り込んだ。
 いつもなら逃げられるのだが、今日のユーリは私の膝の上にすっぱりと納まっていた。
 私は夢見ごこちだった。
 ユーリが食事をとりながら何か話していてもユーリの赤い果実のような唇からこぼれる涼やかな声が美しい旋律のように聞こえただけで、意味をなしてはいなかった。
 適当に相槌を打っていたら、突然意味のわかる単語が耳に入ってきた。
「・・・・・・でね、あたしもカイルのこと愛してるからそうしたいんだけど
・・・いいでしょ?」

 ん???なに???

「・・・・・・ユーリ、今、何と言った?」
「え?『いいでしょ?』」
「いや、違う、その前だよ。」
「・・・カイルのこと愛してる・・・」
 カイルノコトアイシテル・・・・・・
「ユーリ!!!」
 膝に乗っていたユーリを後ろから抱きしめ、そのままユーリに口付けた。口付けたままユーリを抱き上げ、寝所へと向かった。
 私は泣いていたのかもしれない。目頭が熱かった。
 腕の中でユーリが呟いた。
「いいんだよね・・・」
「もちろんだとも!!!」


 翌朝、目覚めてからユーリが言った。
「あたし、カイルが一生懸命お仕事やってるところが好きだな」
 ・・・・・・・・ユーリ!!!
 おまえのその言葉があるだけで、1年分の仕事を前倒しにされても一晩で片付けるほど力がみなぎってくるよ!
 ああ、ユーリが私を愛していることを惜しげもなく言葉にしてくれるこの喜び!!!
 至福とはまさにこのことに違いない!!!
 ユーリとのんびり過ごせないのは残念だったが、ユーリにいいところを見せなくてはならないので、さっさと執務室に向かった。
 ユーリ、見ていてくれ!おまえの好きな「お仕事一生懸命」な私の姿を!
 私が執務室に入ると、にこやかな顔でイルが迎えてくれた。
「陛下、いかがでしたでしょうか?」
「おおイル!おまえの作戦は完璧だ!いったいどういう作戦だったのだ?」
「まことに申し訳ございませんが、それは申し上げるわけにはいきません」
「そうか・・・。まあ、いい。結果がよければそれでいいであろう!
さあ、政務に取り掛かるぞ!どんどんもってきてくれ!」
「御意」


 午前中の政務を精力的にこなし、満足げなイルに送り出されて昼食を取るためにいそいそと後宮に向かった。
 午前中の働きっぷりをユーリに報告しよう。
 ところが、ユーリはいなかった。3姉妹と子供たちも。
 慌てて侍従長や衛兵や他の女官に問いただす。
 すると意外な答えが返ってきた。
「皇妃様は殿下方や女官長殿たちをお連れになって市街に買い物に出られたご様子です。
恐れながら陛下の許可を頂いたとのことでしたが・・・」



「あ〜〜。やっぱり外出するのって気持ちいいよね〜。
 最近退屈でしょうがなかったんだよね〜!」
「ユーリ様!くれぐれもご無理はなさらないようになさってくださいね!
 ユーリ様お一人の体ではないのですから」
「わかってるよ〜。でも、妊娠してからほとんど軟禁状態だったんだよ〜。
 ストレスもたまるしさ。
 それに今日はカイルのために評判の開運グッズを買いに来ただけだからすぐ帰るつもりなんだよ!」
「あっ!かあたま!あれなに?」
「あれは屋台だよ。市では時々ああいう形式の店がでるんだって」
「あら、デイル、物知りね〜」
「双子たちに教えてもらったんです。僕も実際見るのは初めてです。」
「じゃあ、実際いって食べてみようか!いい社会勉強よね〜」
「・・・・・・まあ、久しぶりにユーリ様のこんな晴れやかなお姿を見れただけで良しとしますか・・・」
「「そうね、姉さん・・・」」


 イルが立てた作戦・・・。なんていうことはない。
 イルはユーリにカイルが悩んでいることをそのまま告げただけである。
 イルとしては政務が滞っていることが一番の問題であるので、それをさっさと解決することが先決であった。
 さらに、飴とムチの要領で、「甘い言葉と引き換えに外出許可を貰う」作戦をユーリに進言した。
 ついでに政務にしっかり取り組んでもらえるよう、「お仕事姿が好き」とユーリに言ってもらうことも忘れなかった。
 ユーリとしては戦術として愛の言葉を使うのに何の抵抗も罪悪感もなかった。

 近代まれに見る有能な近衛長官と近代まれに見る優秀な参謀に支えられた勤勉な皇帝が治めるヒッタイト帝国は今日も平和である。


                 <おそまつ>

   

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