ナッキー☆ペンパルライフ

                          by千代子さん


 暖かな陽だまりのなか、ヒネモスは窓辺に寄せた机の上で長い手紙を書いていた。

 親愛なるキク子さま
 お元気ですか?私は元気です。毎日ナキアさまとの戦いが続いておりますが、それもまた楽しく思います。
 そうそう、先日教えていただいたナスの味噌漬、とっても美味しかったです。一人でこっそり楽しもうと思ったら、食い意地の張ったナキアさまにいつの間にか見つかってたいらげられてしまいました。悲しいから今度は一つだけしか漬けないことにします。毎日一つのナスを味噌漬にするなんて楽しみ!!


 ここまで一気に書き、一度ペンを置いてじっと読み返してから、そういえばキク子どのとの付き合いもこれで一年余りになる、とヒネモスは思った。
 ナキアが隠居して嫁と孫とたわむれる楽しみを見つけてからというもの、ヒネモスはなんとなくアレキサンドラとその子にナキアを奪われてしまったかのように物寂しく感じていたのだが、あるときカルケミシュの街で買い物をしていたとき、一軒の本屋で見つけたペンパル雑誌を何気なくめくっていたところ、手紙のやり取りで友達が増えるというのが面白そうではじめた文通でキク子と知り合い、それ以来二人は頻繁に手紙のやり取りをする仲になった。
 そんなヒネモスの後に続いたのが、驚くかな、ナキアであった。
 ナキアもヒネモスが楽しそうにしているのを見れば、その文通とやらをやってみてやろうではないか、と言いつつ、やっぱりはまってしまったらしく一日に四、五通の手紙がカルケミシュの城の脇、ナキアの離宮の郵便受けへ入ってくる。

 ナキアさまもこのところは白髪が目立ち始めましたけど、やっぱりお孫さまとご一緒だと気持ちも若返るのか、昨日などお馬さんごっこをしていたのですよ。ですがお孫さまのウルヒさまを馬にさせてご自分がお背中にお乗りあそばされたものですから、お母君のアレキサンドラさまがお怒りあそばしまして、またしても壮絶な嫁姑戦争に発展してしまいましたの。でも、ケンカするほど仲がいいって言いますもんね。本当は仲良しなんだと思いますわ。

 と、ここまで一気に書いたとき、ヒネモスと対角線上にある机に向かってこちらも手紙を書いていたナキアが伸びをして肩を揉みつつ、
「悩み相談というものは疲れるのう」
 と首をぽきぽきと鳴らした。
「まぁ姫さま、先日のアッシリアの姫さまの件はもう片付きましたの?」
 ヒネモスがこちら側から顔を下げたまま聞くと、ナキアは立ち上がって屈伸運動をしながら、
「あの姫はダンナの扱い方が判らぬというから、寝所で使う薬を送ってやったのよ」
「ああ、ナキアさまが以前使われていたものですわね」
「そうじゃ、あれをワインにでも混ぜて飲ませれば男はイチコロよ。女とみればすぐに盛りがつくわ」
「そういえば思い出しますねぇ。ナキアさまがあの薬を使われてシュッピルリウマさまをお騙しになったときのことを…」
 ヒネモスは目を細めて懐かしそうな顔をした。
「じゃがこの娘のダンナというのは若い男じゃったからの。年寄りは効いても持続力はないが若い男ならなかなかのものじゃよ」
と区切りをつけてナキアは立ち上がり、
「さあて、新しい相談じゃ」
と束にしてある中から一通選び出した。
「ほんとにナキアさまの人生相談は人気がありますね」
 ヒネモスは初めて顔を上げてナキアが手紙を選ぶ手元を見つめた。
 いつ頃からか、ナキアは文通相手の幅を広げてゆくにつれ、「カルケミシュの母」との異名をとり、人生相談にはもってこい、と噂されるようになっていた。
 ナキアももともと魔術は巧みであったし、押しの強いところが返って悩みを持ちかける相手にうけたのか、人づてに珍名が広まっていき、いまでは遠く東方の国からも手紙が運ばれてくる。
「よしよし、これにしようではないか」
と、ナキアは一通を取り上げ広げた。

 こんにちは
 わたくしはさる高貴なお方におつかえしております。折り入ってのお話というのは、このお方の浪費癖が直らないことにあるのです。通販であいかわらずヘンなものを買い集めるし、妙な薬を集めるし、お孫さまにと言っておもちゃを買われるのはよいのですが、そのおもちゃも……いいえ、失礼いたしました。とにかく、この浪費癖を直す方法はございませんでしょうか? 部屋中、通販で取り寄せた「健康ダイエットショーツ(マイナスイオン効果)」や「驚く効果!!後宮頭皮クリーム」とか「ふらふら金魚マシン」とか…足の踏み場もないほどなのです。隣の部屋には怪しげな薬が保管してあって、掃除に入るともののすえたような匂いがむっとします。お孫さまも懐いてはいらっしゃいますが、どのようにお育ちあそばすか心配になってしまいます。
 キク子さま、それでもこんなお方につかえるわたくしは幸せなのです。ナキアさまはハチャメチャなお方ですが、可愛いところもあるんですよ。


「なんじゃ、これは!?」
 読み終えたナキアは手紙が震えるほど興奮しながら、
「ヒネモス、これはおまえの手紙じゃろう! ここに書かれてある浪費ばばあとはわたくしのことか!」
 ヒネモスは、あら、という顔をしてナキアの手から手紙を受け取り、
「まああ、これはわたくしがキク子さまへ宛てた手紙ですわ。どうしてナキアさまのお手紙のほうへ混ざってしまっていたのでしょう?」
 顔色も変えないヒネモスに、ナキアはぶるぶるしながら、
「わたくしのどこが浪費ばばあじゃ、浪費ばばあ!!」
「いいえ、浪費ばばあとは言ってませんわ、ただ浪費癖が直らないだけだと…」
「たかがちぃっと通販しただけではないか! それにちびウルヒは喜んでおるわっ!」
「ですがアレキサンドラさまが嘆いていらっしゃいましたよ。ウルヒさまが怪しげな草を見つめて微笑んでらしたとか…」
「火にくべれば媚薬になると教えたのじゃ。さすが、わたくしの孫であるな」
 ナキアは孫ウルヒのことになると、ついうっとりとした。
 が、すぐに気づいて、
「そうではなかろう、ヒネモス、ばばあとはなんじゃ!? わたくしはまだ若いのじゃ!!」
と飛びつこうとしたが、ヒネモスはすぐに机に戻って、キク子宛ての手紙の最後に、
 
 ナキアさまは、ばばあではありませんの。もちろんオバタリアンでもありません。こういうのってなんて言うんでしょうね? …くそばばあ?

と書いた。
「くそばああとな!?」
「きゃあああ、姫さまっ!!」
 ヒネモスが止める間もなく、背後からぬっと顔を出したナキアが、目ざとくその部分を読んで手紙を取り上げ、びりびりに引き裂いてしまった。
「なにをなさいますの、姫さまっ!! せっかくキク子さまに書いたのに!!」
「ええ、なにを言うか、どうせなら若くて美しい姫さま、とでも書くがよいわっ」
「それは無理がありすぎですっっっっっっ!!!」


 カルケミシュは、今日も平和であった。


              ちゃんちゃん♪

         

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