メモリアル・クッキング

           by yukiさん


 今年もユーリが厨房に篭もり始めた。
『ほら、久しぶりだから練習しないといけないし』
 と言って本番の数日前から篭もるのだが練習の成果はいつもどこかへ行ってしまうらしい。
 そしてわたしは今年も厨房から漂う異臭に覚悟を決める。
 いつも不思議に思うのだがユーリはアレの味見をしているのだろうか?
 毎年毎年あれだけの材料を持ち込みながら口にすることは無いのだろうか?
 あふれんばかりの笑顔で運ばれてくる物体。
『せっかく作ったんだ、一緒に食べないか?』
 なんとかノルマを減らそうと思い言ってみても
『だめだよ、せっかく食べてもらうために作ったんだから。ね?』
 などと首を傾げて言われたら食べるしかない。
 ああ、今年もこの時期がやってきてしまった・・・。

「カイル、今日だけごめんね」
 そう言い残してスキップでもしそうな勢いで出て行った。
 実情を知らない文官たちはにこにこと、知っている側近たちはにやにやとこちらに顔を向けた。
「皇妃さまの年中行事ではしかたありませんね。では陛下、こちらの書簡を」
 目の前には書簡のぎっしり詰まった新しい籠が運ばれる。
 ユーリがどんなシロモノを作り出すのか気になるが考えていると胃が痛くなるのでこの日だけは政務に集中する。
 それを知っているイル・バーニは上機嫌で次から次へと机の上に書簡を積み上げていく。
 ため息をつく側で非常な声が聞こえる。
「皇妃さまがおみえになる前に本日の御政務を終了していただけるよう我々も最善も尽くしますので」
 おまえも一緒にどうだ?

「カイルおまたせ〜〜!!」
 勢いよく開かれる執務室の扉の中にいるのはわたし一人。
 目の前に差し出されたのはほかほかと湯気の立ちのぼる真っ黒で表面の焼け焦げた物体。
 しかし例年と違うのはケーキの上面に白い線が。それにいつになく小さい。
 どんどん大きくなっていくというのが恒例だったというのに。
「どお?驚いた?」
 ユーリの声はいつになく嬉しそうだ。
「ああ、とっても嬉しいよ」
 答えるわたしの声も例年以上に嬉しそうなハズだ。なにしろ小さいのだから。
「今年で10回目でしょ?記念にいつもと違うの焼いてみたの」
「そうか、10回目か」
 10回もわたしはこの試練に耐えたのか。
「でね、今回はあたしたちの思い出のものをモチーフにしたのよ。ねぇカイル覚えてる?」
 言われてまじまじと見てみるとケーキの真中に配された白い線がある記号をかたどっている。
 これは・・・。
「これはおまえがワスガンニに囚われた時に贈ったタブレットだな」
 確認するためにその表情を伺えば頬を染めた幸せそうな顔があった。
「うまくハートが描けなかったんだけど」
「そんなこと気にしなくていい。おまえが心を込めて作ってくれたと思うだけで胸がいっぱいになるほどだよ」
「もうカイルったら」
 
 しかし味はいつも以上に壮絶だった。
 あの白い部分はいったい何で作ったのだろう?

                          END

    

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