大きくなったら
by yukiさん
「とおしゃま〜」
シンがよたよたとよろめきながら精一杯のスピードで駆け寄って来る。
まだまだ言葉を覚え始めたばかりの末息子は可愛いさかりだ。
もちろん上の子供たちも可愛いのだがこの時期の純真無垢な笑顔は格別だ。
「さぁおいでシン」
脇に手を差し入れて高く抱き上げると楽しそうな笑い声を上げる。
愛しい妻、可愛いこども達。
わたしは何て幸せなんだろう。
「カイル〜!」
一瞬心臓が飛び出しそうになったのは否めない。
常であれば心躍るばかりのユーリの呼び声も今日は違ったものに聞こえる。
「ここだよユーリ!」
「シンの相手しててくれたのね。父さまに遊んでもらってよかったわねシン」
その顔はまさに女神のように慈愛に満ち思わず見惚れてしまいそうになる。
しかし今日はそれが出来ない!
理由はユーリの手の中にある良く焦げたカチカチの物体。
ユーリの世界では『チョコレートケーキ』と言うらしい。
例年のことなのだからそろそろ慣れても良さそうなものだが、わたしの胃は相変わらず痙攣を起こしそうになる。
「ユーリ、今年も焼いてくれたんだね」
こちらを向き頬を朱に染めはにかむ姿は愛しさを掻き立てるばかりだがそれも手の中の物体が邪魔をする。
「今年は少し失敗しちゃったんだけど……」
今年は。なのか?
差し出されたモノを見てもそこまで失敗したようには見えなかった。
「そんなことないよユーリ。いつも通りだよ」
わたしに言えるのはここまでで、とても美味そうだとうは言えなかった。
「だぁ〜ぅぶゅう〜〜じゃあ!」
「どうしたんだ?シン」
わたし達の会話が気になるのか急にシンが騒ぎ出した。
「ぶ〜ぅ、あきゃっくう」
言葉を覚え始めたとは言えまだまだ意味不明の音の羅列も多い。
「どうしたの?シンも食べたいの?」
「!!」
わたしの背中は凍りついた。
「去年はまだ食べれなかったものね、今年は食べたいのかな?」
シンに……食べさせるつもりなのか!?
「ユーリ、シンにはまだ早すぎるよ。これは大人の食べ物だ」
「でもこんなに欲しがってるし一口くらい」
そう言うとまだわたしがひとかけらも食べていないケーキを僅かばかり手に取るとシンの口元に持っていった。
ぱくっ
「どう?シン、おいしい?」
わたしは今どんな顔をしているだろう?
そんなわたしの心配はまるで関係無いかのように腕の中のシンはきゃっきゃっと騒いでいる。
「シンは母さまの手料理が大好きね♪」
シン、将来大物になれるぞ。
END
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