あかねさん、奥座敷にて1800番のキリ番げっと。リクエストは「ユーリとカイルの『花』ネタらぶらぶ」です。



はな


 カイルが行ってしまった。
 あたしは、精一杯普通に振る舞いながら、それどもどこかぼんやりとしながら一日を過ごしている。
 リュイがなにか話しかけてくる。よく分からないうちに返事をして、パンを口に押し込む。蜂蜜入りの甘いパンで、多分あたしのためにハディが焼いてくれたんだと思う。
 でも、ぜんぜん甘くない。のどにつかえるだけの食べ物をスープで流し込みながら、なんとか食事を終える。
 うん、平気。ご飯だって食べてるし、仕事だってしていたよ。
 一日が終わろうとしている。
 大丈夫か?
 大丈夫だって。
 お休みの挨拶をうけたら、なんとか寝台にもぐりこむ。
 いくらたっても、上かけをめくり上げる気配はないし、熱い身体を押しつけてくる人もいない。
 出発の時、カイルはなんどもあたしの顔をのぞき込んで、
「大丈夫か?」
と、訊いた。一人で大丈夫か?
 大丈夫なわけないよ。カイルがいないのに。
 冷たいシーツの中で腕をのばせば、涙がにじんでくる。
 いつから大丈夫じゃなくなったんだろう。あたしはカイルがいないと、ダメになった。
 そばにいて、その腕の熱さを感じていないと不安になる。
 前はこんなじゃなかったのに。
 あたしのことを信頼して、後のことをまかせてくれたのに。
 起きあがる。
 部屋の中を見まわすと、自分の部屋なのによそよそしい。肩越しに見る風景と、一人で見る風景がこんなに違うなんて。
「カイル・・・」
 小声で呼んでみる。いつだって、呼べば答えてくれたのに。
「ユーリさま、どうかなさいましたか?」
 扉越しにハディの声がした。きっと、心配している。今日はいつもより多く話しかけてくれたもの。
 あたしは、一人きりの寝台から降りる。
 扉を開けると、驚いた顔の三姉妹がいる。
「・・・カイルの部屋に行く」
「陛下のお部屋に?」
 廊下を歩き出すあたしの後を、慌ててついてくる。
 皇帝の留守の間に、その寝所に勝手にはいるのはどうかと思うけど、たぶん許してもらえるだろう。せめて、少しでも多くのカイルの気配で満たされている場所で眠りたかった。
 それでも淋しいことにはかわりないけど。
 衛兵はあっさり道を譲ってくれた。
 あたしは、主のいない部屋に一人立つ。踏み込めば、すぐに抱き上げてくれた人はいないし、やさしい言葉と共にあたしの身体を寝台に横たえた腕もない。
「ユーリさま、本当に・・」
 大丈夫ですか?ハディの続くはずの言葉にうなずく。
 心配かけるね。
「大丈夫、ハディ達も休んでいいよ」
 部屋を歩き回りながら、カイルの思い出をさがす。
 整えられた寝台にはシワひとつなくて、なんだか寒々しい。こんなところで一人で休むのはイヤだけど、せめてカイルを偲ぶものがあれば、夜を越せそうだった。
 服やアクセサリーは、他の部屋にあるはずだけど、身近なものが置いてあるはず。
 小机の引き出しを開ければ、綺麗な細工の壺がある。
 蓋を取れば、香油だった。
 カイルがいつもつけている香が、くゆった。
 大丈夫、だよね?
 カイルの香りを、そっとつける。首筋と、胸元。カイルがいつも触れる場所。
 寝台の中で枕を抱きしめれば、カイルの匂いに包まれる。
 大丈夫、なんとかなるよ。明日も、明後日も。
 ぎゅっと目を閉じる。
 このまま眠ってしまえば、カイルの夢が見られるだろう。


 朝が来たようだった。
 ぬるんだ空気が流れ込んできていて、確かに朝がやって来ている。
 でも、目を開けたくなかった。
 夢の中で、カイルに抱かれた。
 肌のそこここに手のひらの感触が残っていて、目を開ければ消えてしまうのだと知っていたから。
 でも、一日が始まる。
 あたしを抱く息づかいのまま、カイルがささやく。
 大丈夫か?
 うん、大丈夫。
 覚悟を決めて目を開けよう。そうして、味気のない一日の日課をこなそう。
 挨拶、謁見、命令、裁可。
 カイルのための、カイルのいない一日。
 いまごろどこにいるのだろう。
 昨夜は野営だったはずだ。今頃は、戦車の上に立って、朝露に濡れた草原を見渡しているのかもしれない。
 昨日の夜は、あたしのこと考えてくれた?
 カイルが立つはずの草原の匂いを胸に吸い込む。花の香りが、風をわたる。
 不思議ね、カイルのいる場所と同じ香りがするよ。
 目を、開く。
 最初に飛び込んできたのは、色彩。
 それから、露をふくんだ花びら。
 視界全部がそれだったので、驚いて起きあがる。
 部屋が、花で満たされていた。
 床から、椅子の上や机の上や、あたしの眠っていた寝台の上まで。
 赤い花、青い花、黄色い花、大きな花、小さな花。
 呆然と、花園にすわるあたしの耳に、声がした。
「お目覚め前にお届けするようにと、陛下が」
 ひときわ大きな花束を抱えたハディが言った。
「カイルが?」
 うなずいたハディは、あたしの腕に花束を置いた。純白のユリが、数え切れないくらい真っ赤なリボンで束ねられている。
「ユーリさまがお一人で淋しいでしょうから、と」
 カイルの声が、やさしく響く。
 大丈夫か?
「・・大丈夫だよ」
 頑張るから。頬に流れる涙をぬぐいながら、うなずく。
 大丈夫だよ、カイルが想ってくれるから、頑張れる。



                おわり  

    

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