倦怠期?
by ハマジさん
もうすぐ新年祭の準備に取り掛かろうかという地の季節の終わり、王宮にピアの赴任地より知らせがきた。
現在知事職にあるピアが病に倒れたとのこと。
その知らせを聞いたとたんユーリはハディ達3姉妹とともに王宮を飛び出した。
カイルは当然は慌ててユーリを止めようとしたが、ふと考え込むと、珍しく優しい笑顔で送り出した。
「しっかりと看病してきてやってくれ」
止められると思っていたユーリは少し拍子抜けだったが、カイルの心遣いを嬉しく思った。
思えばピアがハットゥサを離れてからかなりの月日が経つ。
もう年齢的にはピアもすっかり大人になってはいたが、ユーリにとってはまだまだ愛しい子供であった。
皇妃という立場上、そうめったに首都を離れることもできず、遠くは離れた地で暮らす我が子のことをいつも危惧していた。
一刻も早く病に伏せている我が子のもとに駆けつけたい。
そう思い必死にアスランを飛ばした。
おかしい。
ユーリがピアの元に向かったと聞いてデイルは真っ先に思った。
ユーリが王宮を飛び出してから早3日。
アスランの足なら明日ぐらいにはそろそろピアの元に着いているだろう。
ユーリが不在であるにもかかわらず、カイルは落ち着いていた。
何かが違う。
王宮に上がって父の姿を見た途端にデイルは違和感を感じた。
いつものように脱走ではなく行き先がわかっているからなのか、カイルはまったく普段通り政務に取り組んでいた。
いや、むしろ何か理由をつけては後宮や皇妃の執務室の様子を覗きに行ったりして政務を中断していた普段よりも集中して政務をこなしていた。
デイルは思った。
それが皇帝としてあるべき父の姿なのに違和感を感じてしまう。
イル・バーニはそんなカイルの姿勢に大いに満足しているようだけど。
子供の頃から母が自分たちを看病していても何かと邪魔をしに来ていたぐらいなのに。
遠く離れた地に住む息子が病気だからといって母を快く送り出すなんて。
そもそも、行き先を知っているからといって安心するような人ではないはずだ。
いつもちょっと街を離れるだけで、「道中強盗に襲われやしないだろうか?」とか、「どっかのバカにまた誘拐されやしないだろうか?」とか言ってオロオロしているのに。
この夫婦に限ってそんなことはありえないと思っていたけど…。
これが噂の倦怠期ってやつなんだろうか。
いやいや、それは言いすぎか。
単にご成婚なさってから20年近くずっと新婚状態だったのがやっと落ち着いてきたってとこなのかな。
もう父上も母上もいいかげん落ち着いてくる年齢なんだし。(母上は見た目同様まだまだ行動もお若いけど)
だけどへんだな。
いつも目の前でいちゃいちゃされてウンザリしていたはずなのに。
いざ二人が一緒にいないのを見るとしっくりこないなんて。
デイルだけでなく、他の側近たちも同様に皇帝夫妻の仲を危惧していた。
ユーリが王宮を飛び出して早々から、宮廷内ではまことしやかに夫婦不仲説が噂されていた。
ほんの数日皇帝夫妻が離れているだけでも稀有なことと思われるのに、皇帝がそれについて何も仰らないとは。
やはりどんな鴛鴦夫婦にでもこのような時期は訪れるものなのか。
早速皇帝に娘を差し出し取り入ろうと貴族たちが画策し始める。
そんな貴族たちの画策を一笑に付したいキックリ達側近一同だったが普段の陛下の様子を知っているだけに笑うに笑えなかった。
「ユーリを迎えに行く」
ユーリが王宮を飛び出て5日目、元老院主催で「新年祭を待ち望む宴」という名の「貴族の娘たちのお披露目パーティー」が行われる旨発表されようとしていたその時、突然カイルが言い出した。
まさにカイルが飛び出しそうになっていたのでキックリ達は慌てふためきながらもどこかホッとしていた。
「もうこれ以上離れているのは我慢ならん」
皇帝、皇妃ともに首都を離れるわけにもいかず、デイルがカイルに代わって迎えに行くことになった。
デイルは先ほどの王宮での光景を思い出し、自然と笑みがこぼれた。
娘を差し出そうとしていた貴族たちはまだ諦めきれないのか、何とか宴を開こうとしたがカイルの
「では皇妃が戻ってきてから開催することとしよう」
という言葉で一掃されてしまった。
ざまあみろ。
どんなにあてられることになったとしても、やはり両親は仲がいいほうがいい。
いつも目の前でいちゃいちゃされると心の中で毒づいていたことを反省した。
これからは両親が1日や2日ぐらい寝所に篭っている間に溜まる政務も喜んで肩代わりしよう。
そんな思いは知事公邸に着いた途端に吹っ飛んだ。
公邸中に広がるただならぬ異臭。
ピアの寝室に駆け込むと、そこには泣きそうな顔のピアと元気な母の姿があった。
「あらあ、デイル。ちょうどよかった」
母が傍らにおいてあった皿をこちらに差し出す。
「ピアったら食欲がないって言って、半分しか食べなかったから」
半分食べられた黒い塊。よく半分も食べたな・・・。
「そういえば今日はバレンタインだったんですね…」
ピアの容態は落ち着いていたので(食欲が無いわけではなかったので)、デイルとユーリは早々にハットゥサに戻ることとなった。
事前にデイルの往復の日数を緻密に計算していたであろうカイルから、「向こうに着いたらすぐにでもユーリをつれて発て」との指示を受けていたということもあったが、なによりもピアが積極的にユーリを送り出していた。
ユーリは名残惜しそうにしていたが、ピアとしてはこれ以上看病されると今度はあの世にも恐ろしい「オカユ」を食べさせられる危険性があるので必死であった。
知事公邸には嵐のような皇妃の訪問を物語る異臭だけが取り残された…。
ピアの元を発ってから5日後、王宮にデイルとユーリが戻ってきた。
カイルは満面の笑みでユーリを抱きしめ、口付けるとそのまま寝所になだれ込もうとした。
そんな皇帝夫妻の姿に側近たちは「やはりこのお二人はこうでなくちゃ」と胸をなでおろした。
一人事情を知っているデイルはもうすでにイル・バーニよりも無表情。
何かリアクションを起こそうという気にすらならないらしい。
ユーリを抱えあげて寝所に向かおうとするカイルをユーリは止めた。
「ちょっと待って…」
なにやらごそごそと麻袋から取り出す。
「はい、カイルの分のケーキだよ。日持ちするようにいつもよりしっかり焼いたからね」
そこには鉄より硬い黒い塊があった。
カイルの作戦、失敗。
おわり
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