不治の病

                   by ハマジさん


「キックリ、胸焼けの薬はあるか?」
 もうまもなく本日の政務も終わろうとしていた時、カイルが訊ねた。

 アリンナからの凱旋後、製鉄法を手に入れたヒッタイトは帝国拡大の為の下準備に追われていた。
 久々に首都ハットゥサに帰省した皇子達には休暇が与えられていたが、
 首都に残る皇子達はみなそれぞれの仕事に努めていた。
 特にカイルは病弱な皇太子に代わって父である皇帝陛下の政務の補佐を任されていたのでかなり多忙であった。

「すぐにお持ちいたします」
 そういってキックリは執務室を後にした。
「殿下、お体の具合でも?」
 側で書簡を整理していたイル・バーニが訊ねる。
 昼食時に何か悪いものでもあったのだろうか。

「ちょっとな…。昼過ぎぐらいから胸が少しおかしいのだ」
「いけませんね…。この時期に…。今日は早めにお休みください」
「ああ、そうしよう」



 カイルが王宮から宮に戻るとユーリが飛びつくように出迎えた。
「カイル皇子!具合が悪いって聞いたけど、どう!?」
 実際飛びつかれたカイルは少しよろめきながらもしっかりとユーリを抱きとめた。
「大丈夫だ。今は何とも無いよ。」
「でも、何か悪い病気だったらどうしよう…」
 ユーリは今にも泣き出しそうな顔でカイルを見上げる。
「心配することない。昼間、少し胸焼けがしただけだ。きっとこの暑さのせいだろう」
「そう…ならいいけど」
 ほっとして少し微笑むユーリ。
 安心すると、今自分がカイルに抱きついていることを自覚し、慌ててカイルの腕から飛び退いた。
 カイルは少し残念に思いながらも、そんなユーリの態度が微笑ましかった。
 不思議と先ほどまで感じていた胸の不快感が無くなっていた。
 むしろ気分がいいぐらいだった。




 カイルが湯殿から戻ると、すでに食事の準備が出来ており、ユーリやイル・バーニが座って待っていた。
 イル・バーニは今夜もユーリにせがまれてリュートを弾いていた。
 ちょうどそこに遅れてザナンザも現れた。
「兄上!お体はどうなのですか?」
「ああ、ザナンザ。何とも無い。単に暑さのせいだろう」
 食事の席につきながら答えた。
 実際、今は何とも無い。
 席に着くなりワインを口にすると、ユーリが怒ったように言った。
「おなか空いてるときにお酒飲むと体に悪いよ」
 ワインを水代わりに飲むカイルにとってはあまり関係ないようにも思われたが、ユーリの少し怒った顔が可愛いかったので、
「わかった、わかった」
 と、言って杯を置いた。

「アリンナからお戻りになってからあまりお休みをとってないせいでお疲れなんじゃないですか?」
 果物を口にしつつザナンザが訊ねる。
 カイルも葡萄の実を頬張りながらため息交じりに答えた。
 自覚は無いが疲れているのかもしれないな。
「そうかもしれないな」
 こんな風に原因もわからず胸焼けが起こるなんて。
 今までなかったことだ。

「そうだよ!たまにはお休みしないと!」
 カイルの向かい側に座っていたユーリがカイルに人差し指を突き出しながら嗜めるように言う。
 そんな姿が可愛らしく、思わずカイルは笑ってしまった。
 見ればユーリの隣にいるザナンザも笑っている。
「そうだな…最近おまえにかまってやってもいなかったからな。寂しかったか?」
 からかいを含んだ口調でユーリの頬に手を伸ばしながらカイルは訊ねる。
 ユーリは頬にカイルの指が触れただけで真っ赤になりながらあとずさって言った。
「ううん。全然。だって、ハディ達に剣とか乗馬とか特訓してもらってたし」
 カイルと一定の距離を保てる位置まで下がり、ザナンザと目を合わせながら言う。
「それに最近はザナンザ皇子に相手してもらってるから」

「……ああ、今日昼間見かけたよ」
 カイルは必要以上にユーリが離れていったので、少し手持ち無沙汰になってしまった。
 ワインの代わりに出されたレモン水に口をつける。
 ザナンザがユーリと目を合わせながらカイルに言った。
「ユーリは筋がいいですね。もう3姉妹が相手にならないそうですよ」
「エヘヘ…そうかな」
 照れ笑いするユーリ。
 鼻の頭を人差し指でポリポリかいている。
「ザナンザ皇子、明日もお願いね」
「ああ、喜んで」

 カイルはいつのまにかキックリに一旦下げさせたワインを持ってこさせ、飲みだしていた。
「ザナンザ、おまえも忙しいだろう。そんなにユーリの相手ばかりしなくてもいいんだぞ」
 カイルの言葉にユーリが慌てて言った。
「えっ!あっ…ごめんね。ザナンザ皇子…。あたしムチャ言ってた…?」
 おずおずとザナンザを見上げるユーリ。
 ザナンザは優しい瞳でユーリを見つめ、安心させるように言う。
「いいえ。全然大丈夫ですよ。もちろん政務優先ですが、これといって急なものもありませんし」
「よかったぁ」
 胸に手を当ててふ〜っと大きく息を吐きながらユーリは言った。
「何より、成長著しい生徒を教えるのは楽しいですからね」
 ユーリは頬を染めながらうつむいて言う。
「やだ…そんな…照れちゃうよ。ありがとう。皇子」
 カイルは無言で杯を煽った。
 先ほどからまた胸焼けが始まった。




 夕食時の会話を聞きつつカイルの顔色をうかがっていた5人は顔を合わせて話し合っていた。
「イル・バーニ様、カイル殿下の胸焼けの原因ですが…」
「まあ、間違いないだろうな」
「「殿下は自覚しておられないのでしょうか?」」
「今までそのようなことをお感じになる必要もありませんでしたし…」
「え!じゃあ、ユーリ様が初めてってこと?」
「初めてだから病気だと思っていらっしゃるんだろう」
「でもこればっかりは…」
「お医者様でも草津(アルザワ)の湯でも」
「治せない不治の病」
「「「「「でしょう」」」」」


                 <おわり>

     

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