帰郷後
by ハマジさん
ナイル川に雫のこぼれそうな三日月が浮かぶ夜、愛する女が他の男のものとなってしまった兄と愛するものを失ってしまった妹がラムセス邸のテラスで寛いでいる。
家族の中でも頭の切れる者同士、いつもは嫌味の言い合いになってしまう兄妹であったが、今日ばかりは共通の悲しみを抱く仲間として静かに酒を酌み交わしていた。
取り留めの無い会話を交わしていた二人だったが、突然妹のネフェルトが思い出したように言い出した。
「そういえば、ユーリってば子供ができたみたいだったわよ。」
その言葉は兄ラムセスにとっても衝撃的だった。
思わず口にしていたワインを吹き出した。
「何っ!もし娘だったら俺の息子の嫁にするんだから…こうしちゃいられないな!」
無理やり押し付けた約束が実行されることが急に現実味を帯びてきた。
しかし現在ラムセスには決まった妃はおろか側室さえいない。
某帝国の皇帝の皇子時代のように隠し子がいる可能性は否定できないが。
とりあえず今のところ自分の息子がいないとなると、某皇帝に約束を反故にされてしまうかもしれない。
そうでなくても無理やり取り付けた約束なのだから。
とりあえず無理やりでも息子を作っておかないと。
しかし、ネフェルトはワインを手酌で注ぎながらも別の可能性を考えていた。
「ねえ、でも兄様。兄様の子だってことは無いの?」
「えっ・・・・・・」
訊ねられたラムセスは言葉を詰まらす。
ネフェルトは、ずずずいっとラムセスに近づき、さらに考えられる可能性を問う。
「だって、ユーリがここを去ってからまだ3ヶ月もたってないわよ」
「・・・・・・・」
「時期を考えても、十分可能性はあるんじゃない?」
「・・・・・・・」
ラムセスはぐいっと手に持っていた杯を煽ったまま、黙り込んでいる。
ネフェルトは黙り込むラムセスに釘を刺すように言う。
「うちでこれ以上近親婚を繰り返すとますます女ばかりが生まれることになるかもしれないわ。少し危険じゃない?」
ラムセスは見当違いの心配をしている妹に少し笑いながら答えた。
「・・・いや、その心配は無いだろう」
しかし、ネフェルトは引き下がらない。
ラムセスのカラになった杯と自分の杯にそれぞれ並々とワインを注ぎながらなおも問いつづける。
「あら、どうしてそんなことが言えるの?」
渋い顔をして呟くようにラムセスは答えた。
「俺の子供ってことはないだろう」
ラムセスにとってはその事を言うのはかなり苦しかった。
結局ユーリを手に入れることが出来なかったことを自らの発言によって再確認させられてしまったからだ。
苦し紛れに並々と注がれたワインを一気に飲み干す。
しかし、新しいワイン壷からワインを注ぎながら、なおもネフェルトは言う。
「そんなこと言って・・・もし瞳が兄様と同じオッド・アイだったり、肌が蜂蜜色だったりしたら・・・」
ラムセスはユーリと自分との子供を思い浮かべる。
できれば瞳はユーリと同じ漆黒がいい。肌も象牙色で。
自分に似るのは髪の色ぐらいで十分だ。なるべくユーリに似た子供がいいな。
「かわいいだろうがな」
自嘲気味に言葉を吐き出した。
未練だな。
目の据わりだしたネフェルトは半分呆れたように言う。
「ムルシリ二世が激怒するわよ」
「そうりゃそうだろうな」
もしそんなことになったらやつはどう出るだろう?
俺はユーリの腹の子供がやつの子供でも俺の子供として育ててやりたいと思うが、逆だったらやつには無理だろうな。
ネフェルトはしかし、無茶な希望を口にする。
「ユーリも、生まれた子供が兄様との子供だってわかったら、ムルシリ二世を捨ててエジプトに来るってことは無いかしら〜vv」
「そうなってくれりゃあな」
自嘲気味にまたもや一気に杯を煽る。
そうなってくれりゃ、願ったりかなったりだ。その可能性はゼロだが。
飲んでるわりには酔いきれない。
もっと酔えばこの切なさを忘れられるのか。
しかしネフェルトはその考えがいかにも本当に起こるかのように興奮し出した。
一度自分の口から出た言葉がまるで言霊のように現実味を帯びてネフェルトの思考を支配した。
そうなるとしか考えられないのだ。
「きっとそうなるわよ!
そうなる様に、私これから毎日ハトホル神殿で神官に祈祷させるわ!兄様の子供でありますように!」
実際にやりかねない。やっても無駄なのだが。
「いや・・・その必要はないだろう」
しかしネフェルトは納得しない。
ネフェルトとしてはせめて兄にだけでも幸せになって欲しいと思っての行為だというのに。
「あら?どうして?可能性は半分半分でしょ?」
「・・・・・・・・・」
「お母様もずっと気落ちしてたけど、孫ができるとなったらお元気になるわ」
そうである。
せっかく放蕩息子が落ち着いてくれると思っていたにもかかわらず、エジプト内乱のどさくさにまぎれて花嫁がいなくなってしまい、
一時はショックで倒れてしまったほどだったのだ。
しかし、また期待させるわけにはいかない。
「・・・・・・ぬか喜びさせるな」
母には申し訳ないが。孫はまだいないのだ。
そこまで嬉しい可能性を否定する兄を見て初めてネフェルトは不審に思った。
「どうしたのよ、兄様。嫌に弱気ね」
いつもの兄らしくない。
兄ならば自分の子を宿した可能性のある愛しい女を略奪してくるぐらい当然なのに。
なんでなんでなんで?
「弱気になんてなってないさ」
これ以上突っ込むな。泣きたくなるだろう。
不意に、これまで考えもしなかった可能性がネフェルトの頭をよぎった。
「・・・・・・・・・まさかとは思うけど・・・」
「言うな」
すぐに発言を止める言葉を言われるということが、ネフェルトにその可能性を確信させた。
「兄様!本当なの??」
信じられない!
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ここからは二人の会話だけをお聞きください。
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「そんな・・・・まさか兄様イ○ポになったの???」
「違う!俺はもちろんバリバリだ!」
「じゃあどうして・・・!?いくらでもチャンスはあったでしょ?」
「おまえが邪魔しなきゃな!」
「まあ、私のせいにしないでちょうだい!兄様が不甲斐なかっただけでしょ!?」
「不甲斐ないだと!俺は体調が万全でない女を無理やり抱くほど鬼畜じゃないだけだ!」
「そんなこと言ったって、結局は腰抜けだったんじゃない」
「なにぃ!おまえいくら妹でも言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「あら?何が言って悪いことなのかしら?全部本当のことじゃない」
「それを言うならおまえこそルサファに夜這いをかけたくせに断られたそうじゃないか」
「それは彼が紳士だったからよ!」
「いくら紳士でももし女が好みだったら手を出すぜ。おまえに魅力が無かっただけだろ」
「まあああ!なんですって!それなら兄様だって、結局ユーリに逃げられたんじゃない!」
「逃がしてやったんだよ!ここにいたら危険だからな」
「よく言うわ!ユーリが兄様に魅力を感じてたら危険でも逃げたりしないわよ!」
「俺に魅力が無いって言いたいのか!」
「そうよ!このヘタレ!」
「なんだと〜〜〜!!!」
「だいたいおまえがな・・・・・」
「なによ!兄様こそ・・・・・」
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嫌味の言い合いというより酔っ払い二人による子供の喧嘩のようにくだらない言い争いがピラミッドから朝日が昇る頃まで続けられましたとさ。
<おそまつ>
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