あかるさん奥にて50000番のキリ番ゲットのリクエストは「カイル&ユーリのもとを訪れたジュダ&アレキサンドラ」はたして、ジュダの安息はあるのか?


鬼の居ぬ間に洗濯



 うららかな春の日差しにジュダは眼を細めた。
 なんて平和な日なんだろう。嫁姑の諍いがないというのはこんなにも平穏に暮らせるものなのか。
 ジュダは読んでいたパピルスを膝に置くと、凝った肩を回した。
 せっかくハットウサに来たのだ、永らく顔を見せていなかった博士達に会いに行こうかと思った。
 同行した妻、アレキサンドラは先ほど大はしゃぎで街に出かけた。カルケミシュでは知事夫人として顔を知られているのでそうそう気安くは出歩けない。
 ハットウサに来たからには羽根を伸ばしたいのだろう。
 それにここにはすぐ細かいことに難癖をつける母もいない。いるのは、憧れのお姉さまこと、皇妃ユーリ・イシュタルさまだ。
 ジュダは思い出して笑みを浮かべた。
 アレキサンドラは今回のハットウサ行きの話が持ち上がってから、お姉さまに会える日を指折り数えて楽しみにしていたのだ。
『子どもっぽいと思われるでしょうけど』
 頬を染めたアレキサンドラにジュダは微笑んだ。
『ぼくも兄上にお会い出来るのは楽しみですから。仕事で行くのに不謹慎でしょうか?』
『そんなこと、ありませんわ!だって、お姉さまたちはとても素敵なんですもの。誰だって憧れますわ』
 アレキサンドラはおしどり夫婦として有名な兄たちのようになりたいと願っている。
 そのうえ賢帝として知れ渡っているムルシリ二世はジュダの憧れだった。
 その政治的手腕のほんのかけらでも自分にあったら。
 そうごちることも少なくない。
 本来なら皇帝を補佐する役目を負わないといけないはずなのに、難題が持ち上がればつい兄に頼ってしまう。カルケミシュからハットウサへ早馬を走らせたことも一度や二度ではなかった。
 なのに兄はいつも堅苦しい書簡とは別に私信を伝令に持たせてくれる。
『おまえがよくやってくれるので助かる』
 一日も早く、片腕と呼ばれるようになりたい。ご迷惑をおかけするだけではなくて。
 ジュダは決意を新たにすると、通商の記録を記したパピルスを取り上げた。
 謁見の終わる時刻に兄上の所へ行こう。出来るだけの時間を一緒に過ごして、学べるだけ学ぶのだ。
 アレキサンドラだって、ユーリさまに学ぼうとしている・・・。
 ジュダが反物にかけられた税額を検討していると、突然扉が開いた。
「ユーリはどこだ!?」
 弾かれたように立ち上がる。
「兄さま!」
 現れた皇帝は、室内を落ち着きなく見まわした。
 ジュダは滑り落ちたパピルスを拾うと、恭しく頭を下げた。
「お久しぶりです、陛下・・・」
「ユーリはどこだ?」
 挨拶を言い終わらぬうちに同じ質問を口にして、皇帝はジュダの横をすり抜けた。
 知事夫妻のために用意された部屋にはところどころに衝立があり、広い室内をいくつかに区切っている。
 皇帝はその一つ一つをのぞき込んでいく。
「ユーリ?」
「あの、陛下・・・」
 なにか急用でもあるのだろうか。
 不安になったジュダは歩き回る皇帝の後ろにつきながら、慌てて説明した。
「ユーリさまなら、アレキ・・妻と市内に出かけました」
「なにっ!?」
 振り返った兄の顔を見て、ジュダは息を飲んだ。
 滅多に見たことのない不機嫌な顔がそこにあった。
「そんな話、私は聞いていないぞ」
 吐き捨てるように皇帝は言った。
 やはりなにか急用があるのだ。この兄が自分から出向いてくるほどの。
 ユーリさまといえば、近衛長官として軍を統括する立場にある。
 なにか軍を必要とすること・・・内乱などが起こったのだろうか。
 ジュダは表情を引き締めた。
「申し訳ありません、先ほどまでは二人で話などされていたのですが、急に街の視察をすることに決まったようです。もちろん、供は充分につけてあります」
 いざとなれば所領に戻り、兵を派遣する必要があるかも知れない。
 皇帝の片腕としての資質が試される時だ。
 はたして自分は兄の望むように動くことが出来るだろうか。
「こんな時に街へ、だと?」
 呟いた兄の袖に取りすがる。
「陛下、いったい何があったのです?ぼく・・・いえ、私でお役に立てますなら・・・」
 皇帝は、ジュダの腕を掴んだ。
「もう、昼時だ」
「はい」
 真剣な眼光に射すくめられてつばを飲み込む。
「あれとは一緒に昼食をとる約束をしていた」
 ジュダは睫毛をしばたかせた。一瞬、言葉が理解出来なかった。
 皇帝は大まじめに顔をしかめている。
「一緒に食事をすることを楽しみに居間に行ってみれば、あれがいない。私との約束を忘れているのだ」
「・・・・・はあ・・・」
 呆然としてるジュダの腕を離すと、賢帝ムルシリ二世は戸口を振り返った。
「近衛兵、今すぐ皇妃ユーリ・イシュタルを探し出せ!」
「はっ!」
 控えていた衛兵二人が頭を下げる。
 立ちつくすジュダをその場に置くと、皇帝は大声で命じた。
「私の馬を引け!私も探しに行くぞ!」
「陛下、ご政務はどうなさるのです」
 冷静に訪ねているのはイル・バーニだろうか。
「ユーリがいないのだ!政務なんてしている場合か」
 ジュダの中で、なにかが壊れていくのが分かった。
 一日も早く、兄の役に立ちたい・・・兄は憧れの人なのだから・・・。
「ジュダっ!」
「は、はいっ!?」
 大声で呼ばれて、反射的に振り返る。
 マントを巻きつけて飛び出す気満々の皇帝が指を突きつけた。
「お前もユーリを探すんだ」
「はいっ!」
 ジュダの返事を聞くまでもなく、皇帝は廊下の奥へと姿を消した。
 ジュダはのろのろと女官に命じて支度を始めようとした。
「困りますな・・・」
 低い声が耳元でして、飛び上がる。
 いつの間にか、真うしろに音もなくイル・バーニが忍び寄っていた。
「ひっ・・・・イル・バーニ?」
 限りなく冷たい眼つきでイルは言った。
「ユーリさまを簡単に外に出されるとは。しっかり見張られておられないと、政務が滞ります。・・・以後、お気をつけください」
 無表情のイルが背を向けた時、ジュダは膝の力が抜けるのを感じた。
「殿下っ?」
 駆け寄る女官に支えられながら、開け放たれたままの扉を見つめる。
 なにが・・・起こったんだろう・・・?

 ハットウサは今日も穏やかな日差しで満ちている。
 こんな、嫁姑の諍いのない平和な一日は素晴らしい。

 ジュダの目蓋に熱いものがこみ上げてくる。


                         おわり

     

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送