マリリンさん奥座敷で1700番げっとのリクエスト「煩炎」の続き。暗い話です。
燔火
扉の向こうから聞こえたのは、嗚咽だ。
たまらず押し開ければ、当惑した侍女に囲まれたユーリがいる。
「どうした?」
侍女達は顔を見合わせ頭を振る。
「突然泣き出されて・・」
着替えの最中だったのか、素肌に薄布をまとったまま、細い身体が震える。
下がるように合図して、二人きりで向き直る。
「なにを泣いている」
返るのはすすり泣きだけ。かぶりをふって、身体を隠そうとする。
その手首を捉える。
「消えてしまったのか?」
あの日二人で交わした約束の痕が。答えを待たずに抱き上げると、壊れ物のように寝台に下ろす。そっと布を落とせば、現れるのは眩い肌。
手のひらで、歯をたてた場所をさぐる。
「もう一度、つけてやろう」
胸の丸みに唇を寄せれば、身じろぎが伝わる。
「私が、怖いか?」
「・・・怖く、ない」
震えながら、しぼりだす声。
「では、私に抱かれるのが怖いか?」
息を詰める気配。
涙に濡れた黒曜石の瞳をとらえる。
「・・・この戦いが終われば、おまえを抱く」
おまえを脅えさせるあの男を、この世から消し去ってやる。
そうして、おまえの身体からもあの男の存在を消してやろう。
頬に口づけると、再び、約束の痕を刻む。
ふと視線を落とせば、平らな腹部からすんなりとのびた脚が、夜目に白く浮かぶ。
いけないとは分かっていても、誘われるように手が伸びる。
指は親しんだ場所へ忍び入る。
「はやく、抱きたい」
指に震えが伝わって、手を引く。
「すまなかった」
驚いたのは、手首を掴まれたことか。
「違うの・・怖いのは・・抱かれることじゃない」
ユーリの声が、細く訴える。瞳は暗く、翳っている。
まるで、告白をするように思い詰めた様子で。
「怖いのは、カイルを汚してしまうこと」
白い肌を惜しげもなくさらしながら。
「だって、あたしは・・」
唇に指をあてて、言葉を封じる。一度形にしてしまえば、取り返しがつかないような気がして。
「おまえは、綺麗だ。なにひとつ汚れてはいない」
柔肌に、誘われる。抗いがたい魔力が、指を、唇を引き寄せる。
「おまえを汚すことができる者など、存在しない」
強張るからだを宥めるように、いくつも口づける。
「抱かれるのが怖くないのなら・・・欲しい」
おまえのために戦場に赴く私を、この胸で抱いて眠らせて欲しい。
渇望が、喉元を這い上がる。あの男に許したのなら、どうして私に許さない。
昏い炎が肌を貪る。
「いや・・カイル・・」
拒絶の声が苦しい。ちりちりと音を立てて胸を刺す。
あの男の腕の中でも、同じ言葉をおまえは発したのか。
背けた顔のあごを捉えて、向き直らせる。
「こちらを見るんだ・・・おまえを抱いているのは・・私だ」
息を止めたのは、恐怖か驚愕か。
息を潜める肌を、少しずつ侵してゆく。浄化が欲しいというのなら、押さえられぬ劫火で焼き尽くそう。
絡めた指や、貪る舌さえ炎が彩る。情を交わすというよりは、洗礼を与えるための儀式。
光沢を帯びた肌が闇に軋みをあげる。
炎が、貫く。
終
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